腕に抱えていたノートが廊下に散らばった。一冊二冊程度ならまだしもクラス全員分だから量が半端ない。横着して一気に持って行こうとした私が悪いのだ。はぁ大きなため息を付き、ノートを拾って行く。


「よう、のろま」


ノートを拾うことに夢中になっていたようで、こっちへと近づいてくる人の気配に気づかなかった。目線を散らばったノートから上に上げると、ユニフォーム姿の財前がいた。無意識に顔が引き攣るのが分かる。

財前は何も言わず散らばったノートと、ノートを片手に酷い表情をした私を見ている。かと思えば嘲笑うかのように鼻で笑った。


「自分、ノートの一つや二つも持てんの?」
「どう見ても一つ二つちゃうやん」
「ま、そうやとしても俺は手伝わんけどな」


そう言ってまた鼻で笑い、その場から去って行った。

財前は私の何が気に食わないのか、常にあんな感じの態度だ。普段から愛嬌のある方ではないけれど、私に対しては普段の倍以上性格が悪くなる。最悪レベルだ。

そんな財前に対して苦手という感情を持つのは自然な事で、私を悩ませる原因でもある。





今の気持ちを言葉に表すなら非常に簡単である。掃除をしながら日誌へと向かっている財前をチラ見する。

よりによって財前と日直が当たるなんて本当に最悪だ。今日は朝から憂鬱だった。財前にバレないようにため息を付くと、ガタリと椅子が動く音が聞こえ、思わず肩が震えた。


「こっち終わったけど、自分まだ終わらんの?」
「や、もう終わったから」
「あっそ。じゃあ日誌持っていくからはよ片付けて」
「いや、私が持って行くからそこ置いといて」
「は?」


眉間にがっつり皺を寄せて私を見る。ただでさえ目つきが悪いのにそんな表情をされたら余計に怖い。相変わらず顔が引き攣る。


「こ、これから部活やろ。大会近いって聞いたし、はよ行った方が、」
「…どんだけ俺のこと嫌いやねん」
「え?」
「苗字、俺の事嫌いすぎやろ」
「な、何言うてっ…!」


それ以上の言葉が出なかった。気付いた時には全身に伝わる温もり。視界に映る財前の髪の毛。理解したと同時に体が震えた気がした。


「…財前?」
「俺、苗字の事好きやねん」
「え?」
「すまん、めっちゃ好きや」
「嘘、でしょ。いつも苛めとったのに、」
「、どうしていいか分からんくて、」


最初は冗談だと思った。それなのに財前から伝わる激しい鼓動が嘘でないことを告げているのだ。私の頭の中はパニック状態で、口から言葉が出てこない。


「今までの事は謝っても許されんって分かっとる」
「、財前」
「でも、少しずつでええから、俺の事、見て、」


訴えるような必死な声。何か言わなくちゃと思っているのに、肝心な時に限って言葉が喉につっかえる。

その代わりに私は静かに頷けば、「ありがとう」と耳元で囁いた財前の声が聞こえた。

20130415