「まさむねさま、こんにちは」


幼児特有の舌っ足らずな喋り方で俺の名を呼んだ名前は、部屋へと続く扉からひょっこりと顔を覘かせていた。その愛らしい姿に顔を綻ばせながら手を広げ名前を呼んでやれば、花を咲かせたような笑みを零し、華やかな袖を揺らしながら俺の胸へと飛び込んできた。

その時香った甘いにおい。普段、名前から発せられるこの香りは石鹸だ。何故なのだろうと、それを問おうと思った時、俺の胸に埋まっていた顔がいっぱいに見上げられ、名前の瞳に俺が映っていた。


「さきほど、ちちうえたちに、おはなばたけに、つれていってもらったのです」


へにゃりと顔を緩ませ言ったその表情から察するに、名前はその花畑に連れて行ってもらったのが相当嬉しかったらしい。よく見れば先日俺があげた簪と共に、桃色の花も一緒に飾られていた。


「綺麗な花だな」
「このおはなは、こじゅうろうさまが、えらんでくださったんです」
「what?」
「ほわっと?」
「今、小十郎と言ったか?」
「?はい」


毬のような瞳で俺を見上げる名前は、きっと今俺がどんなことを思っているかなんて知らないだろう。俺には執務をやれと言って部屋に篭らせておいて、小十郎はのこのこと名前と出かけていたと考えたら、段々腹が立ってくる。

今にでも名前の頭上で綺麗に咲く花を握り潰してやりたいが、そんなことをしたら名前が傷付いてしまう。もう俺の所に来てくれなくなるかもしれない。そんな気持ちをぐっと堪え、無理矢理に笑顔を作る。


「まさむねさまは、まだおしごとがありますか?」
「Ah…」
「…そうですか」


おじかんがあるのでしたら、まさむねさまといっしょに、おはなばたけにいきたかったのですが

その声は囁くほどに小さかったけれど、俺の耳にははっきりと聞こえていた。名前にしては珍しく、駄々っ子のように口を尖らせて不満を露わにしていた。その可愛さは言葉に表すことすらできない。込み上がって来た熱い気持ちを無理矢理抑え、理性を保つ。


「名前。今日はいつまでいる予定だ」
「きょうは、ちちうえとともにおとまりです」
「そうか」


自分の声が跳ねたのが分かった。さっきまで小十郎に対し苛立っていたのが嘘のようだ。明日、目が覚めても名前がいるのだ。そんな幸せ、どこに存在するのだろう。


「良かったら今日は俺と湯浴みしないか?」
「まさむねさまと?うれしいです!」


目を三日月の形にし、満面の笑みで俺を見る名前は南蛮の資料で見た"Angel"というものに似ている。あまりの可愛さにきつく抱きしめれば「まさむねさま、くるしいです」という愛らしい声が聞こえた。一生俺の腕に閉じ込めておきたいと思うのは我儘ではなく、願望である。

20130421