金色くんに勝てるなんて思ったことはない。一氏くんの頭の中には、常に金色くんで埋め尽くされていて他の人が入り込むスペースなんてないのだ。そんなことを分かっていて、私は一氏くんを好きになった。

叶う恋だとか、叶わない恋だとか、そんなことはどうでもいい。ただ、私は一氏くんを好きでいたいだけなのだ。



今日の世間は桃色一色で活気溢れてる。私はイベント事に興味無いから今年もスルーしようと思っていたのに、友人から一緒に作ろうと誘われ、ノリで作ったバレンタイン用のチョコレート。

「せっかく作ったんやから、好きな人にあげような」友人はそう言い、チョコレートを綺麗にラッピングしてくれて、その箱を私に手渡した。好きな人。そう言われて思い浮かぶのは一氏くんの顔。

だからと言って、あの一氏くんがチョコレートなんて受け取ってくれるはずがない。最初から結末は見えているのだから。気を使ってくれた友人を傷つけないよう、私は一言返事を零した。



学校はとても賑やかだった。いや、普段から賑やかだけれどその倍以上だ。女の子たちがいつも以上に身だしなみに気を付けているのが目に見て分かる。でも、私は普段と一緒。けれど、スクールバッグにはチョコレートが入っているのは、少しでも期待しているからだろうか。

今日の一氏くんもとても賑やかで、金色くんと常に一緒にいる。しかも金色くんがチョコレートを作ってきたみたいで、一氏くんが涙を流して喜んでいるのだ。

──ほら、やっぱり私の入る隙間なんてない。分かりきっていたことなのに、心臓が鋭い刃物に刺されたような痛みを感じた。はぁ、と深くため息を付いた。



先日、インフルエンザで長期休んでいたツケが今日回って来たようで、放課後補習を受けることになった。先生と一対一の授業。勉強は苦手ではないけれど、特別好きなわけでもない。先生に教えられたことを必死に脳内に焼き付けた頃には、外が真っ暗になっていた。

放課後を数時間過ぎた学校には運動部の子たちの声が響くだけで、普段より静かだ。いつもが賑やかなだけに、たったそれだけのことで寂しくなってしまう。

年明けに買ったお気に入りのマフラーに顔を埋めて、自分の下駄箱からローファーを取り出そうとした時、ふと視線に入った一氏くんの靴。そこにあるのは上履きで、ここにもう彼がいないことを示している。

友人たちの気使いはとても嬉しかったけれど、結局渡せなかったなぁと思いながら、バッグからチョコレートを取り出す。せっかく綺麗にラッピングまでしてもらったのに、ごめんね。そう思いながらチョコレートの箱を見ていた時だった。

「そこで何してんの?」そんな声が聞こえ振り返ると、そこにいたのは学ラン姿の一氏くんだった。あれ、なんでいるんだろうと思いながらも「今から帰るところやから」と言って、チョコレートの箱をバッグに静かにしまってローファーを見せた。


「こんな遅い時間に帰るん?苗字、生徒会とか入っとたっけ?」
「ちゃうちゃう。ほら、こないだのインフルのツケやわ」
「あー、あれか」
「一氏くんは部活やろ?今日は金色くんたちと一緒に帰らんかったの?」
「…まぁ、」


何だか歯切れの悪い返事だった。金色くんとケンカでもしたのだろうかと思ったけれど、あの二人がケンカなんてするはずがない。というか、ケンカしても一氏くんがすぐに謝りそうだ。

私はローファーを履いた後、「じゃあ、また明日」と言い一氏くんの横を通り抜けようとした時だった。「っ、苗字!」と名前を呼ばれ、振り返ると何だか挙動不審な動きをしながら、一氏くんが私を見ていた。


「、きょ、今日、バレンタインやけど…あの…」
「あー、私結局渡せんかってん」
「…好きな人、おるんか」
「一応、青春してる学生やからね」


そう言ってケタケタ笑う。本当は君に渡したかったんだよ、なんて溢れそうになった言葉を無理矢理呑み込む。すると一氏くんは「じゃあ、その可哀想なチョコは俺が貰ったるわ」と言って、手を差し出してきた。

驚いてただ呆然としてると、「ええから!はよ!」とせかされる。私は結局訳が分からないまま、バッグからチョコレートの箱を取り出し、一氏くんに手渡した。何だかおかしなことになったけれど、まさか無事に一氏くんの手に渡るだなんて誰か想像しただろうか。


「苗字の好きな人ちゃうけど、俺が責任持ってちゃんと食ったるわ」
「うん。よろしく」


一氏くんの言葉に涙が出そうになったのをぐっと堪えて、私は「じゃあね」と言い生徒玄関を飛び出した。だから、一氏くんがチョコレートの箱を片手に何か呟いたのを、私は知らなかった。