例えば神様が本当にいるなら、世界各国の人たちは毎日お祈りをしているだろう。そんな私は神様がいるなんて信じていない、至って普通の仏教徒でありクリスマスもハロウィンも大好きな日本人である。でも今なら、神様に本気でお祈りしてもいいと思う。

2月14日。世界では男の人から女性に想いを告げるイベントだけれど、日本ではチョコレート会社の戦略で女性から男性にチョコレートと共に想いを告げる日である。私もその中の一人で、数年間片想いしてきた財前くんに一世一代の告白をしようと思っている。

けれど、財前くんは学校内でもとても人気があって、私みたいな平凡を書いたような人間は接点がないのだ。あると言えば、小学4年生から中学2年生の今までずっとクラスが一緒という位だ。

結局、財前くんに群がる女の子たちのような勇気が無く、昨日作ったチョコレートはスクールバッグに入ったままだ。きっとこのまま一緒に家に帰って、夜、勉強している私の胃袋の中で永眠するのだろう。



部活が終わり、いつも通り友人たちと帰ろうとした時、自分の机に明日提出する数学のプリントを入れっぱなしにしている事を思い出した。裏表コピーのびっしり問題の書いてあるものだから、明日学校でするなんて到底不可能だ。しかも一限目。友人たちに断りを入れてから、私は薄暗い廊下を歩いて行った。

教室はもう真っ暗で、本当に薄気味悪い。早く帰ろうとプリントをバッグに詰め込んだ時、いきなり教室のドアが開いた音がした。思わず驚いて飛び跳ねてしまった。するとドアの方から声を殺すような笑い声が聞こえてきた。

誰だろうと思い視線を動かすと、そこにはテニスバッグを肩にかけた財前くんがいた。普段はクールで何があっても取り乱したりしない財前くんが、私を見て笑っている。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


「自分、今、めっちゃ飛び跳ねたで…っ!」
「…そ、そんな笑わんでもええやんか」
「めっちゃおもろ、!くくくっ…!」


お腹を抱えて笑っている財前くんがとても新鮮で、今度は思わず凝視してしまう。すると、ばちりと視線が合ってしまい慌てて逸らす。すると学ランの袖で出た涙を拭きながら、私の方へとやって来て体が強張る。


「ちょうどええから、今言うわ」
「え?」
「俺、苗字の事好きやねん」


財前くんの口から出た言葉に目玉が飛び出そうになった。今、財前くんは何て言った?驚いてただただ財前くんを見ていると「返事」とだけ一言言われる。


「へ、返事!?」
「告ったんやから、当たり前やろ」
「告っ…!」


待て待て、一旦冷静になろう。そう思い財前くんにばれないように深呼吸をする。すると少しだけ落ち着いた気がする。震える手でバッグを抱え直して、財前くんを見上げると猫みたいな瞳が私を見ていた。


「…何で私なん?」
「は?」
「いや、私全然目立たんし、特別可愛い訳ちゃうし」
「そんなんどうでもええやん」
「どうでもよくない!」


突然私が声を荒げたせいか、財前くんはきょとんとした表情で私を見た。慌ててごめん、と言うと財前くんは綺麗な髪の毛を乱暴にがしがしと掻きながら、ぼそり、と呟いた。


「…小3の時、俺が怪我した時にハンカチ貸してくれた」
「小3…?」
「それからずっと、好き、やねん」


語尾になるにつれ小さくなる声。教室は暗いのに、何故か財前くんの耳まで赤いのがはっきりと見える。そう言えば、小3の時、校庭で怪我をした男の子にハンカチを貸したことがある。それがまさか財前くんだったとは。しかもあれがきっかけで…。

頭の中で冷静に考えていると、今度は私が赤くなる番だ。財前くんが私を好きってどんな奇跡やねん!神様、ありがとう!心の中でそう叫びながら、私はバッグからチョコレートの箱を取り出し、それを両手で持ち財前くんに差し出す。


「っ、わ、私もずっと好きでした!」


緊張のしすぎで声が裏返ってしまった。けれど、返事と共に自分の想いを伝えれるのは今しかない。体が震えるから下唇を噛んで少しでも落ち着こうと思うけれど、無理みたいだ。

財前くんは今まで見たことないぐらいに優しく笑って「ありがとう」と言った。