私と精市は所謂「幼馴染」という関係である。生まれた日も、場所も全部一緒。まるで少女漫画のヒロインとその相手の男の子みたいだ。家も歩いて3分かからないような所に住んでいるから、小さい頃は常に一緒だった。一緒に遊んで、一緒に笑って、一緒に鳴いて、一緒に怒って、一緒に喜んで。幼いながらに精市とはこれから先もずっと一緒なんだろうなぁ、なんて思っていた。

けれど時間というものはとても残酷で、小学校の中学年頃になれば今までみたいに、男女一緒なんてことが無くなって、それぞれが別々になる。おまけに思春期もやって来る時期だ。その頃には精市はテニスに没頭していたし、私も趣味に時間を費やす事が多くなった。だから自然と、私たちは離れて行ったのだ。

小6の時、お母さんから精市は立海に進学すると聞いた。私も最初は立海にと思っていたけれど、私が没頭している趣味と似た科がある中学があったから私はそこを受験することにした。そしてまた、私たちは離れて行った。


「あれ、名前?」
「…精市?」
「何で疑問系なの?」
「久しぶり会ったせいか、男の子っぽくなってて分かんなかった」
「俺は最初から男だけど」
「そうだね。ごめんね」


中学に進学以来、精市に初めて会ったのは2年生に上がるような頃だった。家がどんなに近くても学校が違えば会う事なんてほとんどない。数年ぶりに会った精市は私が知っているような、守ってあげたくなるような柔い子じゃなくなっていた。背も高くなって声変りもしたようだ。なぜだか、ずきん、と心臓が痛んだ。


「髪、伸ばしてるんだね」
「うん。似合ってる?」
「似合ってるよ。凄く」


そう言って精市はふわりと微笑んだ。その顔は相変わらずとても綺麗で、どくりと心臓が跳ねる。すると精市は「制服、似合ってるよ」と言って、また微笑んだ。


「ねぇ、なんで立海に来なかったの?」
「他の学校に行きたい科があったからかな」
「俺、てっきり名前は立海に来ると思ってたんだよ」
「なんで?」
「さぁ…なんでだろう」


眉を下げ、なんだか困ったように言う。何でそんな表情をするのか分からなかったから、きっと私の頭上にはハテナマークがたくさん浮かんでいるのだろう。精市は何も言わなかった。

このことがきっかけかは分からないが、この日以来、精市とよく会うようになった。会う、といっても日時を決めてじゃなくて偶然会うのだ。最初はその度に驚いたし、思春期の間の数年というのはとても大きくて、会話に戸惑ったりした。けれど、あっという間にその隙間は埋まっていく。



あれからまた時間は経ち、私たちは3年生になった。気付けば私の頭の中は精市のことでいっぱいになっていて、ああ、私は精市が好きなんだと、まるで他人事のように思った。幼い頃、精市に抱いていた気持ちと一緒だ。

勉強机にある卓上カレンダーを見れば明日はバレンタインデー。あの頃は毎年のように精市にあげてたなぁ、と昔に浸ると心が暖かくなっていく。せっかくだし、今年はあげようかな。そう思い、私は財布を片手に家を飛び出した。

普段料理もしなければ、お菓子作りもしない私にとって、手作りチョコレートというのは未知の世界だった。アイフォンで人気のチョコレートのレシピを見ながら丁寧に作り上げていく。時々お母さんに手伝ってもらいながら完成したそれは、とても美味しそうだった。



学校帰り、今日も精市と出会った。出会った、というよりかは、私が普段利用している最寄駅の改札を出たところに精市が立っていたのだ。驚いて思わず立ちつくしていると「何やってるの」と言われ、慌てて精市の元へと近づく。


「まさかいるだなんて思ってなかったから驚いたよ」
「今日、部活が早く終わったから一緒に帰ろうかと思って」
「待っててくれたの?」
「うん」


そして精市は綺麗に微笑み「さぁ、帰ろう」そう言い私の手を取った。右手から精市の温もりが伝わってくる。幼い頃は手を繋ぐなんて普通の事だったけれど、私たちはもう中学生だ。意識してしまうのは仕方ない。嫌なぐらいに心臓が激しく脈を打つ。

空にはもう星が輝いていた。その中を私は精市と手を繋ぎながら歩く。一体、これはどういう状況なのだろう。未だに把握できておらず、内心あたふたしていると、精市が私の方を見た。


「ねぇ、今日バレンタインデーなんだけど」
「あ…う、うん」
「俺にチョコレートくれないの?」


私よりも大きい体をくっと曲げて、ぐっと顔を近づけた。びっくりして思わず一歩下がると、くっくっくと喉を震わせ笑う。そんな姿を見ながら、私はスクールバッグの中からチョコレートを取り出した。


「やっぱりあるんだ」
「…うん。美味しくないかもしれないけど、頑張って作ったから」
「味なんてどうでもいいよ。名前から貰う事に意味があるんだから」


ありがとう。精市はそう言って私の手からチョコレートの箱を取ろうとした時、ぴたりと手が止まった。どうしたの?そう聞くと、精市はまるで悪戯っ子のように、ニカリと笑った。


「これ貰ってあげるから俺の彼女になってよ」
「…え!?」
「嫌?」
「嫌、じゃない、けど…」
「じゃあいいじゃん。俺、小さい頃からずっと名前が好きで学校離れた時、悲しくて死ぬかと思ったんだから」


そう言いながら私の手から、すっとチョコレートの箱を受け取る。するとその箱にリップノイズを立てながら唇を落とす。その仕草が色っぽくて体に熱が篭っていく。そして「今はまだここで我慢しとくね」と言い、また綺麗に微笑んだ。