(現代) 猿飛先輩の彼女になって初めてのバレンタイン。気合いを入れて1か月前から準備を始めて、何度も何度も失敗を繰り返しながら完成した、気合いと愛と根性のチョコレート。 学校に行く前に、冷蔵庫から取り出して雑貨屋さんで買った可愛い紙の袋に入れる。玄関に行って、昨日ピカピカに磨いたローファーを履き、シューズボックスに備え付けの全身鏡で変なところが無いかしっかりチェック。 いつも大人っぽい猿飛先輩に合わせて、私も今日は少し大人っぽく変身。普段ストレートで流しているだけの髪の毛は、気合いを入れてくるくると巻いてみたし、メイクだって雑誌に書いてある記事を見て、大人っぽくなるように何度も何度も練習した。 よし!と鏡の前で気合いを入れていると、洗濯カゴを持ったお母さんがにっこりと笑って「いってらっしゃい。今日は一段と可愛いわよ」なんて言ってくれたから、今日はとても上機嫌だ。 るんるん気分で学校に付くと、教室で政宗くんがチョコレートまみれになっていた。でやっぱりモテる男は違うみたいだ。 私も猿飛先輩を笑顔にしてあげれるかな。朝やお昼は忙しいから、先輩と会うのは放課後でいつも一緒に帰っている。 渡すのが待ち遠しくて表情筋が壊れてしまっているみたいに、口元が緩んでしまう。 先輩のことばかり考えていたせいか、あっという間に放課後になっていた。部活をしている格好いい先輩を拝みに行かなくちゃいけないから、私は鞄を持って慌ててグラウンドへと向かう。 一歩遅かったのか、グラウンドではサッカー部の練習が始まっていた。戯れる女の子に交って、私はゴールキーパー前にいる猿飛先輩を見つめる。 あぁ、今日も格好いい。 「おーい。名前ちゃーん」 「は!」 「あ、気付いた」 「猿飛先輩…?あれ、もう練習終わっちゃったんですか?」 「とっくにね」 名前ちゃんは相変わらずだね、と言いながらケラケラと笑う先輩を見て、顔に熱が篭るのが分かる。ただ、単純に恥ずかしい。 マフラーに鼻まで埋めると「ま、そんなところが可愛いんだけどね」なんて聞こえてきて、勢い良く猿飛先輩を見ると「顔真っ赤」と言って、また笑った。 「さ、帰ろうか」 先輩はそう言ってコートに埋もれた私に手を握ってくれた。ずっと外にいるから冷えているのに、躊躇なく握ってくれた先輩の手はとても暖かかった。 夕方6時を過ぎれば、外はあっという間に暗くなる。ぽつんぽつんと光る電灯の道を歩けば、まるで二人きりの世界に迷い込んでしまったようだ。 「ねぇ」 「なんですか?」 「俺にチョコないの?」 その言葉に、はっと我に帰る。私とした事が猿飛先輩に会えたことの嬉しさでチョコレートのことなんて頭からスッポリ抜けていた。 慌ててスクールバッグからチョコレートの入った袋を取り出し渡すと、先輩はにかりと笑って「ありがとう」と言った。 その表情の格好よさに、思わず眩暈がした。 「それにしてもさ、今日、気合い入れすぎじゃない?」 「え?」 「いつもより大人っぽい」 そう言って、猿飛先輩の骨ばった指が私の巻かれた髪の毛に触れた。どくんどくんと心臓が高鳴る。 「せ、先輩はこういうのの方が好きかと思って、」 「まぁ、確かに大人の女性は好きだけどさぁ」 口を尖らせ、先輩は言った。かと思うと、さっきまで髪を触っていた手が私の頬に触れたかと思えば、そのまま顔が近づいて来て、ちゅ、と唇を落とされた。 「ねぇ、宿泊許可っておりる?」 「宿泊…ですか?」 「そう。今日、俺んち誰もいないんだよね」 悪戯っ子のような表情が電灯の柔らかな光に照らされた。 お、親に聞いてみます!と声を引っ繰り返しながら言うと、「泊まったらもう、後戻りは出来ないね」耳元で囁かれ、握っていた携帯をアスファルトの道路へと落としてしまった。 |