夏がきこえる
もう夏だね。そう呟いた俺らの制服は衣替えが終わり、夏服へと変わっていた。それは俺らが愛を囁き合うようになって初めての季節の変化。
初めて出会ったとき、名前の髪の毛は肩に付くか付かないかぐらいだったのに、今では胸の下辺りまで伸び緩く巻かれている。「精市くんと同じふわふわだよ」そう言って微笑んだのはいつ頃だっただろうか。
「やっぱり夏が近づくと夕日が綺麗だね」
「本当だね」
「精市くんは夏、好き?」
「好きでも嫌いでもないかな。名前は好きなのかい?」
そう問えば大きな目を三日月のように細め「好き!」歯を見せて微笑んだ。
付き合い始めてからの期間は短いけれど、出会ってからの時間は長い。それなのに、ここまでの笑みを見るのは初めてだった。
驚きを交えつつ、何故?と聞いてみれば、名前はきょとんとしてから、また微笑み制服のスカートをふわりと広げ、くるりと回転して俺と向き合った。
「夏は私と精市くんが初めて出会った季節だもん」
名前の言葉であの日のことを思い出す。
中学三年生の全国大会。病気が治り、意気込んで向かった試合。その時に他校のマネージャーとして来ていた名前に一目惚れしたのがきっかけであった。
初めての恋ではなかった。けれど、あんなにも人を愛しく感じたのは初めてで、馬鹿らしく思われるかもしれないが"彼女が俺の運命の人だ"と直感で感じたのである。
それから、人づてで知り合いゆっくりと交流を重ねてきた。諦めたくはなかった。失敗したくなかった。これが最後の恋だと信じていた。
そして、高校最後の年、俺の想いは数年の時を経て実ったのである。
「精市くん、告白してくれた時、私に一目惚れしたって言ったでしょう?」
「うん」
「本当は、私の方が先に精市くんのこと好きになってたんだよ」
名前はそう言うと、またくるりと回って今度は俺に背を向けた。
「中一の時ね、マネージャーになったはいいけど、テニスのルールとか全然知らなくて同級生の子と何となくで見に行った試合が立海だったの。でね、その時に観客席にいた青いふわふわの髪の毛の男の子に一目惚れしたの」
「…それは初耳だな」
「だって初めて言ったもん」
で、続きは?そう名前に問うと、顔だけこっちに向けて「聞きたいの?」と悪戯に微笑んだ。それに素直に頷けば、名前はまた優しく微笑む。
「ほら、住んでる県も違うしもう会えないだろうなぁって思ってたら中三の時に全国大会で姿を見つけてビックリしたんだよ」
「何で話かけなかったんだい?」
「私にそんな勇気あると思う?」
「無いかな」
「でしょう?」
名前はそう言うと俺の隣にやって来て俺の手をとる。俺のタコだらけの手には名前の白くて綺麗な指は不釣合いだ。それでも名前は俺の手が好きだと言って、今みたいに自分の指で俺の掌をなぞる。
「どういう形であれ、精市くんが青学に知り合いがいて本当に良かった」
「なんで?」
「だって、これで私が違う学校だったらこうしてお話することも出来なかったかもしれないでしょう?」
リョーマくんに感謝しなきゃ。名前はまるで苛めっ子のように八重歯を見せて笑った。もう昔のように深い傷ではなくなったけれど、古傷であるのは確かで名前の頭をコツンと叩く。
すると名前は頬をぷくりと膨らませてから、俺の胸に飛び込んできた。
「精市くん」
「ん?」
「出会ってくれてありがとう。好きになってくれてありがとう」
「…俺からもそのまま返すよ」
そう言って目線を下げて、胸元にある名前の顔を見れば綺麗な瞳には少しだけ涙が溜まっていた。それは夕日に照らされ輝き、また俺の胸を高鳴らせたのである。
20120615 end