日が暮れる前に行きたい場所があった。街の中央付近に佇む大きなショッピングモールだ。この街で唯一なんでも手に入る場所だと云っていい。そこで、政宗くんの服や靴、もろもろの生活用品を揃えてあげようと思っていた。
「付き合ってくれるかな」
「Of course, 断る理由がねえ」
「ありがとう、助かる」
「そりゃあこっちの科白だ」
 オレのモンを買いに行くんだろ、と察しのいい政宗くんは快く承諾してくれる。これで荷物持ちが楽になるな、なんて考えながら、彼に予備のヘルメットを手渡した。
「なんだ、これ。兜か……?」
 怪訝そうな顔をするも受けとる彼に、私は思わず笑ってしまった。
「ヘルメットって云って、衝撃から頭を守るためのものだよ」
 そう説明してみると、たしかにこれは彼らで云うところの兜とそう変わらないのかもしれない、なんてことに気づく。
「んなもん被ってなにすんだ」
「バイクで街に降りる」
 バイク? と首を傾ける政宗くんに、行こうか、と促して外へ出た。

 空気は相変わらず凍るように冷たくて、自然と身を竦めて歩いた。バイクの停めてある裏口のほうまで回ると、政宗くんが小さく声をもらした。
「Oh, これか?」
「うん」
「coolじゃねえか」
 ご満悦、といった感じに彼は口角を上げる。上に積もってしまっている雪を払ってからバイクに跨がり、かじかむ手でキーを差し込んでなんとか回した。唸るような音を上げてエンジンがつく。
「乗って、後ろ」
「アンタが走らせるのか」
「そうだけど」
 なにか不満? と訊ねると、政宗くんはしばらく考えるような素振りあと、そうだな、とつぶやいた。
「使い方教えろ、オレが操作してやる」
 上から目線で自信満々に云い放った彼に、しかしそれに従うわけにはいかない。それこそお役所行きだ。
「だめ。これを運転するには免許がいるから」
「誰かの許可を得なきゃなんねえのか」
「そう。無免許運転もお役所行き」
「Oh...不便な世だな。馬に乗るのに許可がいるかってんだ」
 ぐ、と眉を寄せながらもすぐ後ろに跨がる。そればかりは仕方ないからなあ、とこころの中だけで苦笑を零した。
「しっかり掴まっていてね」
「Don't worry, オレは手綱は握らねえ主義だ」
「えっ、危ないからやめて」
「Ah? オレのstyleにケチつけんのか」
「馬は政宗くんの思い通りに動くかもしれないけど、これを運転するのは私だからね」
 なにがあるかわからないよ、と遠回しに脅す。なるほど、たしかに心配だな……なんて若干失礼なことをもらすと、政宗くんはその腕を私の腰に回した。その距離にちょっとだけどきりと心臓が跳ねる。それをごまかすように、後ろに声を投げ掛けた。
「じゃあ、出発するよ」
 OKの返事を聴きながらアクセルを回す。チェーンを巻きつけたタイヤが唸りながら回転して、雪道の上を滑り出した。だんだんとスピードを出せば、後ろでまだ新しい柔らかな雪が巻き上げて風に乗る。ごうごうと向かってくる風は頬を容赦なく突き刺した。
「さみい……!」
 案の定、政宗くんが耳元で声を上げた。寒さを凌ぐためか回された腕がぎゅうぎゅうとお腹を締めつける。びくりと思わず肩が跳ねるも、慣れてしまえば背中にぴたりと張りつく体温はあったかくて、ひとのぬくもりをこんなにも間近に感じたのは久しぶりだ、なんて思った。
 そのうち、どんどんと流れていく景色に興味をそそられたのか、政宗くんの意識は寒さから周りの風景に移ったらしい。雑木林を抜けて細い道路を少し行くと、寂れた静かな街に出るのだ。
 年々過疎化の進んでいるこの田舎街には、緑に慣れ親しんだ人々が穏やかに暮らしている。自給自足が盛んなため、市場には安くて新鮮な野菜や肉、魚が多くでており、朝と夕と一日に二度ある市はそれらを求めて来る人や売りに来る人たちで賑わうのだ。いまはそのどちらの時間帯でもないので、外で遊び回る子どもの声がたまに聞こえるほかは静寂を保っている。色とりどりの屋根を覆いつくしてしまう雪の白が、いっそう空気を寂しく感じさせた。
「もうすぐだよ」
 すぐ後ろに声をかける。おー、なんて間延びした返事が返ってきた。
 大きな駐車場に入って、バイク専用のスペースに停車した。やっぱりというかなんというか、無駄に広い敷地のわりには停まっている車が少ない。閑散としていてコンクリートの黒が見えるはずの地面は一部を除いて雪が積もったままだ。
「でけえな」
 ショッピングモールを見て、政宗くんがヘルメットを外しながら零す。
「未来って、感じするぜ」
 やっと実感を得た、というような口調。あんな、手作り感溢れる小屋にいたら無理もないか、と思う。
「じゃあ都心に行けば、もっと未来っぽいのかな」
 キーを抜いてバイクから降りる。
「どこだ、そこは」
「この国の中心になっている街」
「hmm...」
 もっとも、私もずいぶんと都心には出ていないから、いまどのようになっているのかはわからない。ただ、帝都は今日も忙しなく時間が駆け回っているのだろう。国内なのに時差があるのではないかと思うほど、あちらの時の流れは早い。
 しかし、逃げるようにこの田舎街に越してきたときからほとんど止まっていたような私の時間も、政宗くんが現れてからほんの少しだけ急くようになった。たぶん、これが誰かと時間を共有するということなのだ。

「まず、服から買わないとね」
 広い店内を床を鳴らしながら歩く。政宗くんの和服は目立つけれど、如何せん人が少ないので問題はなかった。
「私、いまの流行とかあまりわからないけれど、どういうのがいい?」
「Ah? んなもんオレもわかんねえよ」
「それもそうか」
 うーん、と頭を悩ませながら、なんの気なしにちらりと隣を盗み見た。本当、ひどく綺麗な顔をしている。スッと通った鼻筋も、涼しげな目許も。せっかく顔が綺麗なのだから、服もそれに見合うもののほうがいいに決まっている。和服もぴったりだけれど、政宗くんは今どきの男の子が着るようなファッションだってとてつもなく似合うと思うのだ。ここはもうショップ店員さんに任せよう、と決めた。私のセンスでは残念ながら難しいが、お店のひとなら格好よくコーディネートしてくれるだろう。
 適当なショップに入って、ちょうど品物の整理をしていた女の人に、すみません、と声をかけた。なにかお探しでしょうか、と顔上げた瞬間、彼女は政宗くんを見て少しびっくりしたように目を見開く。政宗くんの格好とその容姿のせいだろう。
「彼に似合う服、上から下まで数着お願いします」
「あ、ああ、はい。えっと、こちらへどうぞ」
 試着室に案内される政宗くん。店員さんに付いていく様子はなかなかに落ち着いていて、ここは任せてしまっても大丈夫そうだと思った。
「政宗くん、私はべつの買い物をしてくるね。頃合いを見て戻ってくるから」
「OK」
 発音よく云って、政宗くんが軽く手をあげる。数歩前を歩いていた店員さんは驚いたように彼を振り返った。

 別の階で必要最低限の生活用品を片っ端から揃えていく。それから下着もこちらで買っておくことにした。それが終わったら今度は食料品を買い込む。結構な荷物になってしまったなあ、と思ったところで時計を見やれば、やはり結構な時間が経っていた。
 いけないいけない、こころのなかで呟く。食料品売り場から急いでファッションの階に上って、政宗くんを置いてきてしまったお店へと向かう。
 政宗くんはさっきとは別の店員さんとなにか話をしているようだった。遠目から見ても映えるその顔立ちとスタイルはそこらの人気モデルなんてきっと目じゃない。選んでもらったのだろうシックな服は、彼を美しく際立たせる道具でしかなかった。
「政宗くん」
 私は遠慮がちにその名前を呼ぶ。いままでとは違う意味で別世界の人間のように思える彼に、なんとなく馴れ馴れしくすることを躊躇してしまう。けれど、彼の中身は変わりない。
「ゆきめ、終わったのか」
 その声音にはどこか疲れが見えた。
「うん。ごめんね、待たせて。会計済ませて帰ろう」
 店員さんにお願いしますと伝えて、カウンターのほうに向かう。レジを打つ彼女は時折ちらちらと政宗くんを盗み見ていた。無理もない、と思う。彼はいくら見ても見飽きない。

 お金を払って(結構な金額になってしまった)、お店を後にした。ふいに、腕が軽くなる。あれ、と思って政宗くんのほうを見やれば荷物を奪われていた。
「いいよ、重いでしょう」
「オレは荷物を持つ。アンタはbikeを運転しろ」
 差し出した私の手を一瞥すると政宗くんはそう云い放った。仕方なく手をもとに降ろして、彼の隣を並んで歩く。俺様精神のくせに優しいだなんて、少しずるい。
 駐車場に出て、両手の塞がっている政宗くんにヘルメットを被せてあげる。前髪が邪魔にならないように指で避けると、ぴくりとその首が竦められた。俺様で、優しくて、それでいて彼は少し臆病だ。
「大丈夫。素敵だよ」
 云うと、政宗くんは少し眉をひそめた。それに知らないふりをして、私はバイクに乗る。キーを差して、エンジンを入れた。
「乗って」
 ぼうっとしている政宗くんに促す。ああ、なんて零しながら彼も後ろに跨がった。荷物をすべて片腕に移したのか、空いた腕が胴に回る。
「荷物、重くない?」
「刀に比べりゃ、こんなもんwingみてえなもんだ」
 この量の荷物を羽根だなんて表現する彼の刀はどれほど重いのだろう。武士も大変だね、なんて軽く笑いながら、私は右手でアクセルを回した。




空風を生む

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