暖炉の火が煌々と燃える、冬の薄暗い昼下がり。ふわり。政宗くんの口からあくびが漏れた。私は編物をしていた手を止めて、そちらに目を向けてみる。
「退屈?」
「そうだな。オレはいつになったら、奥州に帰れるんだ」
「それは、私にもわからないかな」
 窓の外を見れば、雪がちらちらと降り始めていた。今夜はまた、一段と冷え込みそうだ。
 この数日間、とくになにをするでもなくゆったりと過ごしていた。もともと、しなければならないモノゴトなんてものは、ごはんをつくって食べることと、お風呂に入ること、眠ること。本当にそれくらいなものだった。政宗くんが来てからも変わることのないこの暮らしは、私のなかでかけがえのない時間となって息づいている。
 政宗くんが、今度はため息を零した。無意識なのか、わざとなのか、私には図りかねたけれど、そうとう退屈なようだった。
「じゃあ、政宗くん」
「あ?」
「過去への扉を探しておいで」
 うまくいけば、この退屈な日々に終止符が打てるかもしれないよ。
 コートを取ってあげようと立ち上がった瞬間、膝の上に乗せていた青い毛糸の玉が転がった。ころころ、と進んだ分だけ毛糸が解かれていく。絨毯の上にできた青い道を見て、なにやってんだ、と政宗くんが呆れたようにつぶやいた。
 大きな手が青い玉を拾い上げる。彼が丁寧に巻き直していくにつれて、ふたりの距離は自然と近づいていった。
「ほら、」
「ありがとう」
「じゃあ、行ってくる」
「どこへ?」
「帰り道を探しに、だろ」
 自分でコートを羽織って、政宗くんは玄関へと向かってしまう。私は手渡された毛糸をいままで座っていたロッキングチェアへ慎重に置いた。今度は転がってしまわないように。それから急いでその背中を追いかける。
「待って」
「なんだ。行ってこいって云ったのは、アンタだぜ」
「うん」
 政宗くんの骨ばった肩に両手を置いて、踵を上げた。ぐんと近づいた距離。驚いたように見開かれた左目。その瞼にそっとキスをした。
「今生の別れになるかもしれないから」
「……ああ、」
 物憂げに指先で自分の瞼に触れると、政宗くんは目を伏せて小さく笑った。それから、その手で私の髪を撫でて云うのだった。
「Goodbye, ゆきめ」
 ドアを開けると、ひらりと片手を上げて、政宗くんは雪のなかへと歩み出す。凍てついた空気がその一瞬だけ私の息を白くした。霞んで見えなくなる背中。パタン、と静かな音を立てて閉まったドアが、いっそう淋しげで、私はどうにも落ち着かなかった。

 リビングへと戻ると、やけに鮮やかな青い毛糸がチェアに丸まっていた。もしも、政宗くんが帰ってこなかったら、いま編んでいるこれは無駄になってしまうな、なんて考える。考えながらも、手にとって続きを編んだ。
 あっけないものだ。こんなにも、突然に、あるいは簡単に、いなくなってしまうものなのか。雪の降り積もる音が聴こえてくるようだった。政宗くんがいなくとも、時計は一定のリズムで時を刻む。なにも変わらないのだった。話し相手が、笑みを向ける相手が、いなくなってしまっただけで。

 玄関の扉が開いたのは、それからまもなく経ったころだった。時計を見やれば、まだ1時間も経っていなくて、私は少し驚いた。もう何時間もこうして座りながら編物をしていたような気がするのだ。けれど事実、編物はほとんど進んではいなかった。
 立ち上がる。また毛糸が、さっきよりも遠くまで転がっていってしまったけれど、気にしている余裕はなかった。
 小走りで玄関へと向かう、その足がとても軽い。顔がほころんでしまうのが、自分でもわかる。
 政宗くんは私をみとめると困ったように笑った。
「見つからなかった」
「そうみたいだね」
「...I'm home」
「おかえり」
 雪の乗ったその頭を引き寄せる。冷たい雫が首筋に落ちたけれど、かまわなかった。
「アンタはやっぱり、そう云ってくれるんだろうって、思った」
 凍えた息が零れる。
「寒かったでしょう。あたたかい紅茶を淹れてあげる」
 それと、毛布も持ってきてあげよう。
 私の肩口から離れた政宗くんを暖炉の傍へと促して、私はキッチンでお湯を沸かす。ひとり分のお湯はすぐにぐつぐつと音を立てた。ミルクと、それから砂糖ではなく蜂蜜を加えて、ホットミルクティーをつくる。
 マグカップを手渡して、丸くなった背中に毛布を広げて被せてあげた。
「なにか食べたいものはある?」
「……魚。あと、野菜が入った味噌汁」
「じゃあ、きょうの晩ごはんは和食にしようか」
 それがいい、と頷く政宗くんの髪を撫でる。とても愛しいと思った。久しく忘れていた感情だ。
「ゆきめ」
「なに?」
「もう少し、ここに居ていいか」
 ひとつだけの瞳が不安げに私の表情を覗き込む。私はなんだか、そのひと言にとてつもなく安堵してしまったのだった。
「帰れるまでいたらいいって、最初に云ったと思うけれど」
「……そうだったな」
 眉を下げて笑う政宗くんにつられて、私も笑う。
 それから政宗くんは絨毯に目を向けて、やはり呆れたように云うのだった。
「また転がしたのか」
「玄関が開いた音に、びっくりしたんだ」
「そういえば、鍵は掛けておけよ。危ねえから」
「そうだね。今度から気を付ける」
 こんな辺鄙なところに来るのなんて、政宗くんくらいなものだけれど。そう付け加えて、毛糸玉を拾う。
「いい色だな、これ」
 政宗くんがソファから乗り出して毛糸を摘まんだ。
「政宗くんに似合うと思ったんだ」
 ゆっくりと青を巻いていく。するすると短くなっていく青い糸。それがそのまま、私たちの距離だった。

 私たちの出逢いはきっと運命なんかではないのだ。ただの偶然。もしくは、自らの意志だった。だから、ふたりを繋ぐ糸は赤ではなくて、青なのだろう。
「なんだ、そりゃ」
 小指に毛糸を巻きつけてそんなことを云うと、政宗くんはおかしそうに笑った。自分も同じように小指に青を絡めて。
 いっしょに笑ってくれるひとがいるということが、どんなに幸せなことなのか、私はいままで知らなかったのだろうか。そう思ってしまうほどに、いまがひどく幸せだと感じた。




白息に溶ける

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