すべての感覚を研ぎ澄まして、頭と呼ばれる男を見据えた。ぐ、と喉を詰まらせたような呻きがひとつその口から漏れる。ひどく殺気立っているのが自分でも判った。

「く、くそ……! 忍だろうが何だろうが関係ねえ! やっちまえ野郎共!」

張り上げられた指図に、取り巻きの者たちも応じて声を上げる。怖じ気づいて逃げるのなら考えるところもあるが、抵抗する気ならばなにも躊躇うことなどない。
腕で敵わぬなら数で推せと云わんばかりに一斉に刀を構える山賊たちに、私はできるだけ高揚をつけずに名乗った。

「……では、真田忍隊、東雲紅子。忍んで参る」

そのひと言に山賊たちは瞠目する。けれどそれもほんの一瞬。威勢よく口火を切った手前、今さら後戻りするなど自尊心が赦さないのだろう。ひとつの塊となって、声を上げ斬りかかりにくる山賊たちに、私も地を蹴った。

ひとつまたひとつと振り下ろされる刀を避けながら、そのひとりひとりの急所を目掛けて苦無を放つ。接近されようものなら背に忍ばせていた忍刀で腹を貫いた。
刀の指導など受けていない彼らの動きはめちゃくちゃだ。隙をつくことなど容易い。ただ如何せん、体格の差が数も相まってものを云う。
次第に息も乱れてきた。

「死ねえ!」

半ば叫ぶような声とともに首もとに刃が落とされる。既のところでそれをかわして喉元に苦無を突き刺した。
あとどれくらいだ、と視線を巡らしたときだった。
なにかが視界の端に飛び込んできたのだ。見紛うことなどない小さなその体躯。まったくどうして、じっとしていてくれないのだろう。

「弁丸様……!」

ほとんど反射的に身体が動いていた。下がっていてと云ったはずなのに、なぜこんな戦闘真っ只中に身を投げたのだ。
そう、突然のことに弁丸様ばかりに気をとられたのがいけなかった。

「余所見してんじゃねえ、よ!」

ひゅん、と風の唸る声が耳を掠める。背後をとられた、と気付いたときにはもう遅い。周りの男たちに意識がいかず、隙を許してしまったのだ。とっさに身を翻すも、思いきり振り翳された刀で利き腕を抉られた。
刹那、目の前に閃光が走る。べにこ! と弁丸様の叫ぶ声がやけに遠くに聴こえた。男たちの上げる奇声や、足音や刀の音も。急に耳が閉ざされたかのようだった。

それからはもう無我夢中で、自分がどう動いていたのかさえ判らない。ただ弁丸様を守らなければという一心で、痛みさえ感じなかった。
気付いたら、すべてが終わっていた。

随分と手荒な殺し方をしてしまったらしい。足下に広がる血の海や死体、肉体の破片が惨たらしさを物語っている。
そういえば、と弾かれたように振り返ると弁丸様の潤んだ瞳とかち合った。それだけで、なぜだかひどく安心してしまう。

「……べにこ」

震える声が私を呼んだ。立っているのが辛くなって、血溜まりの中に膝を付く。鉄の濃い臭いがまっ赤な雫といっしょに跳ねて、舞い上がった。斬られた腕が焼けるように熱い。

「お怪我は、ないですか。……弁丸様」

問えば、彼はひとつ頷いた。ぎゅ、と閉じられた瞳からは涙がぽろぽろと零れ、その白い肌を滑り落ちていく。

「すまぬ、すまぬっ、べにこ……っ」
「なにゆえ、飛び出したりしたのです」

泣きながら謝る彼を宥めるようにその髪を撫でた。利き腕がどうにも動かせなくて、とてもぎこちない手つきになる。
すると、弁丸様はなにやら固く握った拳を突き出した。なんだろうか。首を傾げつつも髪を撫でるのを止めて、手のひらを表に向ける。すとんとそこへ落とされたのは身に着けていたはずの首飾りだった。

「たいせつな、ものだと、云っておったゆえ」

しゃくりあげながら弁丸様が云う。よく見れば首飾りは紐が切れていた。知らぬうちに、落としてしまったのか。

「これを拾うために?」
「ううっ……」
「……ばかですね」

もうことばにならないのか、意味を成さない嗚咽を漏らしながら弁丸様は頷く。なんて幼稚で、命知らずなのだろう。もう一度こころのなかで、ばか、と小さく繰り返す。

「ありがとうございます」

叱る気なんて、とうに失せてしまっていた。ひっくひっくとしゃくり上げるたびに跳ねる肩が、すがり付く手が、とても愛しく思えた。
片腕だけをその背に回して、ぎゅうと抱きしめれば、子ども特有の高い体温が衣越しに伝わってくるのが判った。同時に、自分の体温が相当下がっていることも知る。
血を流しすぎたのだろう。抉られた利き腕の傷は存外深いようで、未だにどくどくと脈打っている。

「つ、めたい、べにこ」
「大丈夫ですよ。それよりも、私は弁丸様に謝らねばなりません」
「いい……っ、もう、しゃべるな」

いい、と弁丸様はしきりに首を横に振る。しかし、これだけは、そういうわけにはいかない。

「申し訳、ございませんでした。数々のご無礼、お許し下さるとは、思いませぬが……」

云い切る前に細い両腕が首に回って、ぎゅうぎゅうと苦しいくらいに抱きしめ返された。遮られたことばが喉の奥にひっかかる。

「いいと、云っておろう」
「弁丸様」
「ゆるす……から、だから、しぬでない」
「……死にませんよ」
「しかし、う、うでが、」

労るように、もしくは恐る恐る私の腕にそっと触れる。一瞬だけ身を貫いた痛みに、無意識に身体が強ばった。弁丸様の背に回した腕に行き場のない力がこもる。

「すっ、すまぬ」

慌てたように謝ると、弁丸様は傷口から手を離す。声こそ上げなかったものの、なんと情けないことか。いえ、と平静を装い短く返せば、今度はその手を握られた。どうにか握り返そうと力を入れてみるも、痛みを伴うだけで指すら動いてくれない。

「うごかぬ、のか……?」
「……」
「……いたいの、いたいの、とんで、いけ……っ」

なにも云わぬ私にぐしゃりとその表情を歪めて、弁丸様が零したのは嗚咽混じりのおまじないだった。
ふっと全身の力が抜けていく。それとともに痛みも驚くくらいあっさりと引いていった。どんな万能薬よりも、このたったひと言が一等効きそうだ、なんて苦笑する。いつだったか私がしたときは、そんな子ども騙し効かぬと一蹴されてしまったけれど。

「しっかりせぬか、べにこ」

涙声の叱責を聴きながら、どうにも瞼が重くなっていくのを感じた。意思とは反対にゆるりゆるりと睡魔に誘われる。大した抵抗もできず、温かな身体に身を委ねながら、ゆっくりと視界を闇に閉ざした。




六、命に代えても
  守り通して

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