上田城下町。穏やかな時間が流れるここは、いつ降りても今が戦乱の世だということを忘れそうになる。忍装束ではなく民の格好をしているものだから尚更。

「べにこ、べにこ!」
「……なんですか、」

嬉しそうにはしゃぐ声に返事を返せば、弁丸様はその細い人差し指を前方に向ける。指差しちゃいけませんよ、と慌ててその手を下ろしながらもその先を確認した。

「甘味屋……ですか」
「だんごが食べたい」
「目的、忘れてませんか」
「はかまだろう」
「そうですよ」

最近、背丈が伸びてきたのだという彼の袴を新調するために今日はこうして外に使いに出たのだ。断じて甘味を食すために来たのではない。

けれど、そのきらきらとした瞳を簡単にあしらうことも出来ないのも事実。弁丸様はそれを知っているのだ。

「べにこ」
「じゃあ、袴の注文が終わってから行きましょうか」
「おお! かたじけない!」

満面の笑みが零れた。こういう素直なところは、まあ嫌いじゃない、と思う。ただもう少し、静かにしてくれたら良いのだけれど。



行きつけだという呉服屋の戸をくぐる。まだ若い女店主は弁丸様を見るなり、あら、なんて云って互いに挨拶を交わした。

「今日はいつもとお付きの方が違うのですね」

店主がこちらに向かって云った。長のことを云っているのだろう。

「ええ、忙しいからと頼まれてしまって」
「そうなのですか。それで、今日はどうされたので?」
「源二郎様の袴を見繕って頂きたく、」
「かしこまりました」

こちらにどうぞ、と畳に上がらせられる。弁丸様はそそくさと草履を脱ぐときちんと揃えていた。そういうところは本当にしっかりしているのだ。

「寸法を取らせて頂きます」

店主が布を宛てて丈を測っていく。

「背が伸びたのですね」
「うむ。大きくなっただろう!」
「そうですね、将来が楽しみです。はい、終わりましたよ」

トン、と背中を押されて弁丸様はこちらへ戻ってくる。どことなく嬉しそうなのは褒められたからだろう。

「お色はどうされますか?」
「紅……でいいんですよね」
「うむ!」
「紅ですね、承知致しました」

十日ほどで仕上がりますので、と引き替えるための札を差し出された。それを受け取り軽く頭を下げる。ありがとう御座いました、と投げられた笑顔を背後に感じながら店を出た。

「とおかか、まちどおしいな」
「そうですね」
「べにこ、」
「はい、わかってますよ」

甘味屋でしたね、と答えれば弁丸様はそれはもう嬉しそうに頷いた。



私はどこの甘味が美味しいとかは判りませんから、弁丸様のお好きなところを教えて下さい。

そう云って彼の案内について云った。何でも、城下へ降りるたびに長に連れてきてもらうのだそうだ。長は弁丸様にはつくづく甘いらしい。

城下でも比較的人気だと云うその甘味屋は老若男女問わず賑わいを見せていた。空いている奥の席へついて売り子を呼ぶと、弁丸様は団子を十本も注文する。

「べにこはいいのか?」
「私は甘いものは」
「そうか」

そう云いながらも不思議そうに首を傾げる。甘味が大好きな弁丸様からしたら考え難いことなのだろう。特に苦手というわけではないのだけれど、何となく気が引けた。

しばらくして運ばれてきた皿にはみたらしとこし餡が五本ずつ乗っていた。それを幸せそうに手に取ってもぐもぐと咀嚼していく弁丸様はひどく無邪気だ。

「わかったぞ、べにこ」

四本目に取りかかろうとしたあたりで弁丸様が急に声を上げた。静かに食べていたと思ったら、どうしたというのか。

「何がですか」
「すききらいはだめだ」
「……は」
「おれににんじんを食べさせたのだから、べにこもだんごを食べぬか」

持っていた団子の頭をこちらに向けられた。みたらしの香ばしい匂いが鼻孔をつつく。

「べにこ」
「いえ、私はその、食べられますから」
「ならば食えばよかろう」
「勿体無いですよ。弁丸様が食べて下さい」
「おれはべにこにもこのうまいだんごを食してほしいのだ」

ぐいと至って真剣な顔で口元に団子を突き付けられた。これは何を云っても聴かないな、と私は内心溜め息を零しながらも諦める。

「じゃあ、頂きます」

小さな手に自分の手を重ねて一番上の団子をさらった。とろみのあるみたらしが舌に絡み付く。しょっぱくも甘くもあるそれは確かに上品な味。

「どうだ?」
「美味しいですね」
「そうだろう!」

自分が作ったわけでもないのに誇らしげに胸を張って。

「おれがすきなものは、べにこにもすきになってほしいからな」

まったく、変わった子どもだ。武士の子だというのに、まるで忍を友達のように扱う。長も何も云わないのだろうか、と再び皿を空にする作業に戻った弁丸様をしり目にそんなことを考えていた。



見事に団子をすべて平らげた弁丸様は、あろうことかそのままうとうととし始めた。お腹が膨れて眠くなってしまったのだろう。

「弁丸様、帰りましょう」
「……ん」
「歩けますか」
「ね、むい」

駄目そうだ。仕方ないのでおぶって帰ることにする。背中を向けてしゃがめば、熱いくらいの体温とともに辛うじて首に細い腕が回された。

よいしょ、としっかり抱え直して勘定を済ます。足早に城へと戻り、背中で穏やかな寝息を立てる弁丸様を蒲団に下ろした。その表情のまた、なんと幸せそうなことか。

顔にかかってしまった焦げ茶色の髪をそっと払う。掠めた肌があんまり柔らかいので思わずつついてしまった。

「……寝てる時が一番、可愛い」

さっきまでのはしゃぎようが嘘みたいだ、とひとり苦笑を漏らした。




三、昼寝は二刻
  ぴったりまで

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