サークル仲間たちとの飲み会から解放され、ようやく家路に着いたいま、時刻はすでに深夜零時を回ろうとしている。部屋へ上がる前の習慣で郵便受けを開けると、なかには広告やダイレクトメールに混ざって見慣れない小包が無造作に佇んでいた。

 とりあえず部屋へ上がって、暗がりのなか冷たいお茶を淹れてから、改めて、小包をよく見てみる。当たり障りのない、まっ赤な包装紙。大きさは文庫本ほど。しかし、手に持ってみるとやけに重みを感じるのだった。宛先や差出人の類はない。
 これは開けてもいいものなのかと迷いながらも、ひっくり返したとき、包装紙の重なりの部分に紙切れが差し込まれていることに気づいた。
 メモ用紙と思われるそれを、指でひょいと摘まみ出す。するといっしょに、からん、と金属色のなにかが床に転がった。
 鍵である。もちろん、この部屋のものではない。
 不審に思いつつも、摘まんだままのメモ用紙を広げてみれば、ノートを破って使ったのだろうそれには、たったひと言、
『名前へ 幸村より』
 と、存外丁寧な字で記されていた。
 幸村は、わたしの恋人であるけれど、大学進学を境に二年前から遠く地方に身を置いている。それがどうして、彼の名で、こんな、どう見ても郵便局を通していないだろう小包が届くというのか。

 携帯端末で幸村の電話番号を呼び出して、通話を試みる。もう深夜零時を過ぎているから、彼はすでに寝てしまっているかもしれない、ということに気づいたしばらくのち、呼び出し音が途切れた。
「はい」
 心配をよそに、はっきりとした声が小さなスピーカー越しから届く。
「あ、幸村。わたし、名前だけど、」
「うむ、わかっておる」
「ごめんね、こんな時間に」
「いや、起きておったゆえ、問題ない」
 とは云え、夜に弱い幸村なので、受け答えがいつにも増してぶっきらぼうだ。元来、彼は電話自体があまり得意ではない。
「さっき帰ってきたら、なにか小包が届いていたんだけど、」
「おお、そうであった。三日ほど前から久方ぶりにそちらへ帰省していてな」
「えっ?」
「昼間、こちらへ帰る前に名前の部屋へも寄ったのだが、不在であったゆえ、届け物だけ郵便受けに入れておいたのだ」
 幸村のことばが頭のうちでやけに響く。こっちへ帰っていただなんて、まったく知らなかった。
「ど、どうして、云ってくれなかったの」
「いや……名前も忙しいと思い、」
「逢いたかったのに、」
 つい、本音が零れた。一瞬、端末の向こう側が静けさに満ちる。まるで真空に閉じ込められてしまったみたいに、わたしはなんだか息苦しくなった。
 逢いたかった。来るとわかっていたら、サークルだって、その飲み会だってぜんぶ断ったのに。
「すまぬ、」
 すこしして、幸村がぽつりと謝った。
「その……俺も、逢いたかったのだ、ほんとうに」
 切実さを宿した音が、鼓膜をやさしく震わす。いまにも手の届きそうなほど、その声はすぐ近くに在る気がする。ただただ、機械越しであることだけが、ひどくもどかしい。
「名前?」
 なにも云わないわたしを、幸村が不安そうに呼ぶ。
「包みは、開けたのか?」
「まだ、開けてないよ」
「なれば、開けてみてくれ」
 好みに合うかはわからぬが、と自信なさげにつづけられるのを聴きながら、赤い包装紙を破かないよう慎重に開ける。包まれていたのは、宝石箱みたいに綺麗な小物入れだった。
「わあ、かわいい」
「さ、左様か」
「うん、ありがとう」
 ぱこん、と指で蓋を押し上げて開けてみると、同時にポロポロと澄んだ音が零れ出した。小物入れというだけではなく、オルゴールでもあったらしい。
 また、その手前に区切られた小さな枠のなかに、シルバーのリングがおとなしく収まっていた。
「あれ、指輪……?」
「う、うむ。いま着けておるのは、高校のときに買った安物であろう? そろそろ、ちゃんとしたものを、と思ったのだ」
 指輪をそっと手にとってみる。いま嵌めているものよりも、たしかに感じる重みに、胸の奥底からあたたかい感情が源泉のように溢れだしてくる。
「幸村、ありがとう、うれしい」
「そうか、よかった」
「うれしいから、両方嵌めておくね」
「変ではないか?」
「いいの、べつに」
 左手の薬指にひかるふたつの輪に、頬が緩む。幸村もすこし、向こうで照れているように感じる。
「それと、名前」
「なに?」
「鍵があっただろう」
「あっ、そうだ。なんの鍵?」
「俺の部屋の合い鍵なのだ。使うようなこともないとは思うが、一応、渡しておこうと、」
「使うよ」
「名前?」
「今度は、わたしが逢いに行くよ」
 ポロロン、とオルゴールの透明な音色が響く。名前も知らない曲だけれど、わたしはきっと、この宝石箱を開くたびに、彼を想っては胸を焦がすのだろう。




指先から零れる夜想曲
御題:つららさま
遠距離、夜半、贈り物

20120712
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