俺が畑を見ていると何処からか突然ひょっこり現れる女。始めは馴れ馴れしい奴だと顔をしかめたものだが、今ではすっかり彼女と話しながら野菜を世話するのが日課となっている。

「こんにちは、片倉様」
「名前、また来たのか」

俺のとなりにしゃがみこむ彼女は決して裕福な暮らしをしているわけではなさそうで、いつも質素な着物を着ている。けれど、俺の知る他のどの女よりもその様は凛としているように思えた。

「酷いですね。そんなこと云うと本当に毎日来ますよ」

からりと笑うそんな、明るいが上品さを欠かない名前に、だんだんと俺が惹かれ始めていることに気付いたのも最近だ。

それにしても、と彼女は続ける。俺と違って喋ることを得意としているらしい。

「この野菜たちは幸せものですね」

そう云う表情がまた、とても幸せそうで思わず見惚れるのだ。

「なぜ、そう思う」
「こんなに片倉様の愛情をたっぷり受けているのだから、そうに違いません」

みずみずしい葉を細い指先で大切そうに撫でると、彼女は立ち上がった。黒い絹髪が陽に透けて煌めく。

「羨ましいのか」
「ええ、そうですとも」

つん、として笑う名前がひどく愛しいと思う。まさか俺がそんなことを考えているなどとは夢にも思っていないのだろう、彼女は「なんてね」などと抜かしてまた笑う。

彼女曰く、「片倉様の作るお野菜を一度でいいから食べてみたい」のだそうだ。その為に毎日足しげく畑へ通うのだから食べ物への執着とは恐ろしい。色気より食い気とはまさにこのこと、と云うわけだ。

そんな報われそうにもないこの恋は、この想いは俺だけが知っていればいい。自分で云って笑っちまいそうになるが、大切に大切に秘めておきたいと思う。

だが、そうもいかないのがこの世の性なのだろう。

名前の名前を誰かが口にするたびに足を止めてどきりとするし、最近では人の目に触れないようなところでため息を零したつもりが「どうかなさいましたか」と女中に心配される始末だ。



「Hey, 小十郎」

おい、聞いてんのか。少々乱暴なもの云いにはっとして顔を上げる。すると怪訝そうに眉をひそめて政宗様がこちらを窺っていらっしゃった。俺としたことが気付かないとは。

「どうなさいましたか」
「『どうなさいましたか』じゃねえよ」
「と、いいますと」
「あのなぁ……What's happened? 何かあったのか、って訊いてんだ」

どうやら俺の想いは顔にまで出るようになったらしい。政宗様にまでどうしたのかと問われるほどに。

「物思いに耽るなんざ、小十郎らしくねえじゃねえか」
「そうでございますな」
「まさか、女か?」
「なっ……!」
「Ha! Spring came to you!」

小十郎にも春が来たみたいだ! と悪戯をたくらむ子どものように笑う政宗様にため息を零した。色恋のことになるとどうも俺は判りやすくていけない。

秘めていた想いもこの通り、数日後には伊達軍の殆どに伝わってしまうのだろう。





忍ぶれど
色や出でにけり
我が恋は
物や思ふと
人の問ふまで

(平 兼盛 拾遺・恋一)


20100728 五万打感謝
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