初めて幸村に逢った時、なんて横顔の綺麗なひとなのだろうと思った。
 緩やかな曲線を描く額に、スッと通った鼻筋、長い睫毛。そして頭頂からピンとまっ直ぐに伸びた背筋が、それらをいっそう際立てていた。
 あまりに美しくて、すべてが計算尽くされた精巧なツクリモノみたいだとさえ思った。
 そんな幸村がいま、当たり前のように私の隣にいる。

 雑踏のなかを、ふたり並んで歩く。
 幸村は私の、私は幸村の恋人だ。まるで惹き寄せられるかのように好きなって、ごく自然にいっしょになった。出逢ってからそれなりの月日が経ったいまでも、その横顔はあの時の第一印象から変わることなく綺麗なままだ。
「名前」
 幸村が私の名前を呼ぶと同時に、その顔をこちらへと向けた。私は慌てて顔を背ける。
「なんでもない、こっち向かないで」
 咄嗟にそんなことばが口をついて出た。幸村を傷付けるような意味合いではなかったけれど、幸村は存外、不快そうにその整った眉を歪める。
「しかし、あまり見られていると、落ち着かぬのだが」
「見てないから、前、向いていて」
「……よくわからぬな、名前は」
 しぶしぶといった具合に幸村は前に向き直った。
 やはり綺麗だ、と思う。もちろん、正面顔も整っていて美しいことに変わりはないのだけれど、どうにも面と向かって視線を合わせるのは気恥ずかしいのだ。
「名前」
 今度は前を向いたまま、幸村が口を開いた。
「なに?」
「もしや、俺と出掛けるのが嫌なのか?」
「どうして?」
「俺が訊いているのだ」
「嫌じゃないよ、嬉しいよ」
「ならばよいのだ」
 気がのらぬのかと思ってな、と幸村は必死に淋しさを圧し殺したような声で云う。
 最近ずっと逢っていなくて、久しぶりにふたりで出掛けたのに、気がのらないだなんてことあるはずがない。嬉しいに決まっている。けれど、誘われてから今日までの時間、どれだけ私が楽しみに待っていたのかだなんてことを、幸村にうまく伝えるすべがなかった。
「やっぱり、好きだなって、思って」
 代わりに、そんなことを口走る。繋いだ手に無意識に力がこもった。
「な、な、なにを云っておるのだ、突然」
「わわっ、こっち見ないで、恥ずかしいから」
 驚いたような幸村の視線に堪えきれなくて、思わずそっぽを向いてしまう。幸村の頬も赤かったけれど、それと同じくらいかそれ以上に、私の頬もきっとまっ赤だ。
「その、名前」
「う……なに」
「もう一度、云ってくれぬか」
「ええ、やだよ」
「目を見て云ってほしいのだ」
 無理無理と突っぱねる私に、幸村がどうしてもと食い下がる。恥ずかしいから、目を見ながらでは云えそうにもないから、でも幸村の顔は見たいから、だから前を向いていてほしいのに。
「俺は、俺を映す名前の目が見たいのだ」
 そんな風に云われてしまっては、拒めなくなってしまう。
 じっ、とこちらを凝視する幸村の瞳はまん丸で大きな胡桃のようだ。一度その瞳に捕らわれてしまったら、今度は吸い込まれるように目を逸らせなくなる。
「幸村が、好きだなって、改めて思ったの。それだけ」
 最後のほうはほとんど尻すぼみになってしまった。こればかりはどうしようもない。恥ずかしくて死んでしまいそうだった。
 そんな私とは裏腹に、幸村は至極穏やかに「そうか」と零した。嬉しさを必死に噛み殺したような笑みがひどくくすぐったく感じる。
「俺も名前のそういうところが好きだ」
 歩調を早める私に向かって、さらりと涼しげにそんなことまで云う彼が、やはり私はとてつもなく好きなのだ。

 こっちだ、と幸村が突然に手を引いた。多少よろけながらもなんとか方向転換をして、幸村についていく。
「そういえば訊いてなかったけど、どこに行くの?」
「着けばわかる」
「それは、そうだろうけど……」
 珍しいな、と思う。あまり隠し事というか、答えを濁すようなことはしないひとだから。けれど、だからこそなにか理由があるのだろうな、ということにして、黙って歩くことにした。
 そうして目の前には、いつの間にか小さな宝石店の扉。自動ドアではなくて、いかにもアンティークなそれを幸村はひとつの躊躇もなしに開いた。
「ゆ、幸村?」
「どうした?」
「え、いや、どうしたの?」
 疑問符を飛ばすばかりの私に、幸村はどきりとするようなやさしい笑みをただ浮かべるだけだった。
「えっと、私、宝石とか、欲しくないよ」
「貰ってもらわねば困る」
「……は」
 相変わらずわけもわからないまま、店内へと入る幸村に続く。外観も然ることながら、内装もアンティーク調にまとまっていて可愛らしい。いつこんなお店を見つけたのだろう。
 夜空にちりばめた星のように飾り付けてある宝石に目を奪われていると、いつの間にか幸村は店員さんと話し込んでいた。会話に入る隙はなさそうだから、このまま待っていよう。そう思って宝石やアクセサリーに再び意識を戻す。
 しばらくして、名前、と幸村が小さく名を呼んだ。こっちへ来い、と云うように手招きをする。
 宝石とか要らないよ、ともう一度念を押そうと口を開くよりも先に。幸村の手が私の左手をとった。
 それから、薬指をひやりとした感覚が撫でる。
「うむ、よかった。ぴったりだ」
 指に嵌まったそれを見て、幸村は満足そうに呟いた。
「え、ゆ、幸村、」
「それでは、失礼致す」
 状況が掴み取れない私などお構い無しに、幸村は店員さんにそうひと言挨拶すると、私の手を引いて、入って来たときと同じように扉を開けた。控えめな照明の店内から、一気に明るい陽が差す街へと出る。
 左手をそっと、自分の視界に翳した。光を反射して、小さな宝石がひとつの水滴のように煌めく。眩しくて思わず目を細めた。
「オーダーメイドだったのだが、指輪のサイズが曖昧だったゆえ、合わなければその場でリフォームしてもらおうと思ってな」
 もっとシチュエーションとやらに拘ったほうがよかったか? と幸村が困ったような笑みを零した。私はとにかく首を横に振って、そんなことない、と意志表示をした。
「俺と結婚してくれるか、名前」
 うなずくので精一杯だった。視界が歪んでしまって、幸村の表情はよくわからない。それでも、そうか、と照れ隠しのように前を向いたその横顔はやはり綺麗で、ああ、好きだな、と思った。




スピネルの横顔

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20110805
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