早くも夏へと駆け出しはじめた太陽が、燦々とひかりを降りそそがせる休日の昼下がり。グラウンドには引退を間近に控えた三年生を含め、部活生たちがそれぞれの練習に励んでいた。

 それはサッカー部も例外ではない。
 そんな部活中、サッカー部マネージャーである私はサッカーボールを踏んづけて派手に転けるというサッカー部員にあるまじき失態を犯してしまった。
「名前殿! 大丈夫にござるか?」
「さ、真田先輩……」
 座り込む私のもとにまっ先に駆け寄って来てくれたのは同じマネージャーの女の子でもなければ顧問でもない、部長の真田先輩だった。恥ずかしさと情けなさで私は擦りむいた膝に目線を落とす。
「なんと、痛いでござろう」
 同じように私の膝に目を向けて、真田先輩は自分が怪我をしたわけでもないのに、それは痛々しげに眉を寄せた。
「しかし傷を洗わねばらぬな、立てまするか」
「だっ大丈夫です、自分で立てます」
 親切にも差し出された手に、慌ててそう返して立ち上がろうとした、のだが、
「いっ……!」
 足首に激痛が走った。うまく体重を乗せることができなくて、私の身体はすぐにまた地面に着地する。
「む、足を捻っておるのだな」
「い、いえ、」
「なにゆえ嘘をつくのだ。掴まって下され」
 真田先輩はひょいと私の腕をとって自分の肩に回すとそのまま立ち上がる。急なことによろけるも、真田先輩がしっかりと支えてくれて、すぐにバランスをとることができた。
「すまぬ、某、汗をかいておるゆえ、嫌だったら云って下され」
「い、いえ、ぜんぜん……!」
「ならばよいのだが」
 すぐ隣で真田先輩が気恥ずかしげに笑う。ユニフォームからふわりと薫る爽やかな洗剤の香りと、かすかな汗の匂いに頭がくらくらしそうだ。
「佐助え!」
 すると、真田先輩がいままでの落ちついた声とは打って変わって大音量で遠くにいる猿飛先輩を呼ぶ。面倒見のいい猿飛先輩もサッカー部のマネージャーだ。
「なに旦那……って、うわ、こけたの、名前ちゃん」
 何ごとかと駆け寄ってきた猿飛先輩は私の足に視線を送るなり顔を歪めた。私はすみませんと情けなく笑うことしかできない。
「名前殿の傷を洗って参るゆえ、救急箱と、それから氷を持ってきてくれぬか」
「いいけど、傷の手当てなら俺様がやろうか?」
「いや、よい。マネージャーがふたりも抜けては大変だろう」
「俺様マネージャーになった覚えはないんだけど……それより部長が抜けるほうがどうかと思うよ」
「俺はもとより休憩時間だ」
 頼んだぞ、と最後に念を押して真田先輩は水道場に向かって歩き出す。肩の高さがひどく違うせいで真田先輩は姿勢を低くしなければならない。とても歩きづらいだろうに、その歩調は私の足を気遣ってくれてゆっくりとしたものだった。

 蛇口まで膝を持っていって擦り傷を洗う。そうとう不恰好なその姿を真田先輩に見られるのは不本意だったけれど、もはや仕方がなかった。こけた時点で見栄もなにもない。
 水を惜しげもなく大量に流して、その水圧で砂や小石を洗い流していると、隣で見ていた真田先輩がその指で傷口に触れた。途端、ぴりりとした痛みが走る。
「すまぬ。しかし、綺麗に砂を落とさねば傷に悪い」
「い、いえ、こちらこそすみません。せっかくの休憩時間なのに」
「いや、いいのだ」
 いつも名前殿には助けられておるからな、とやさしげに云われる。それはもう飛び上がるほどに嬉しいことばだった。こんな注意力もないような私だけれど、マネージャーとしてちゃんと真田先輩やみんなの役に立てているのだ。
「このくらいでよいか。戻って消毒致そう」
「ありがとうございます」
 また真田先輩の肩を借りて覚束ない足取りでグラウンドのほうへと戻る。いまごろはもう猿飛先輩が救急箱を用意しておいてくれているだろう。
 しかし、ふいに真田先輩が立ち止まった。どうしたのかと隣を見やると、真田先輩はなにか複雑な表情のまま口を開く。
「もしや、おぶったほうが早いだろうか」
 そのことばに、とんでもない! と私は慌ててかぶりを振った。
「そんな、大丈夫です……! 申し訳ないです!」
「そ、そうか?」
 私のあまりの焦りように不思議そうにしながらも真田先輩はふたたび歩き出す。私は心底ほっとした。真田先輩におんぶなんてされたらそれこそ心臓が爆発して死んでしまいそうだ。

 傷口に消毒液をかけられる。ぴりぴりとした痛みが足から閃光のように駆け登った。
「すまぬ、染みるでござろう」
「う、だい、じょうぶです……」
「名前は『大丈夫』が口癖だな」
 急に呼び捨てられてどきりとする。無意識なのか意図的なのかはわからないけれど、ともかく心臓に悪い。そんな私をよそに真田先輩はおかしそうに笑うのだ。それも、驚くほど手際よく手当てをしながら。
 傷口にガーゼを貼ると、今度は挫いてしまったほうの足に包帯を巻いていく。また、意外にも器用なのだ、これが。
「お上手なんですね……」
「俺もよく怪我をしていたゆえ、自分で手当てするうちに慣れてしまったのだ」
「よく、怪我、してましたか?」
「うむ。試合でいつも以上の力を出すとよくあるのだ。そのようなことがないよう部活のあと、帰ってからも練習をするのだが、いき過ぎるとやはり身体が持たなくてな。いまではもうそのようなことも減ったが、一年の頃などはよくやらかしていたのだ」
 佐助には内緒だぞ、と真田先輩はいたずらっぽく笑う。こんな笑い方もするひとなんだ、とか、一年生の頃からそんなに努力家だったんだ、とか。とにかく真田先輩がきらきらして見えてしょうがなかった。
「では、某は練習に戻るが」
「あっ、はい! ありがとうございました、頑張って下さい」
「それと、帰りは送っていくゆえ、待っていて下され」
「へ?」
「その足ではひとりで帰れぬであろう」
 くれぐれも勝手に帰ってはならぬぞ、と残して真田先輩は練習に戻っていってしまう。唖然としてその背中を見送りながらも、胸の奥にはいつのまにか甘酸っぱい気持ちが生まれていた。




レモンの花が咲いた日

五十万打感謝
20110522
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