今日はいつになく外が賑やかだ。それもそのはずで、いまは祭りのまっ最中だった。御輿を煽る威勢のいい掛け声や、子どもたちの無邪気な笑い声が耳をくすぐる。無意識に顔がほころぶのが自分でもわかった。

 いつもなら、すぐにでも外へ飛び出しているところだが、俺はひとり賭けをしていた。勝つ確率はきっと五分五分。彼女が俺を迎えに来るか来ないか、たったそれだけだ。
「なあ、来るかな、名前」
 ちょこんと肩に乗っている夢吉に零す。キキッ、という甲高い声を上げながらも夢吉は首を傾げた。そうだよなあ、わからないよな、なんてひとりで笑う。
 恋はいいものだ。あったかくて、幸せで、笑顔になれる。その思いはかわらない。けれど、いまのこの状況に笑顔になれるかと問われると、それはちょっと違う。それでも誰かひとりにこうして想いを馳せられることは幸せだと思った。もどかしいのも苦しいのも、全部ひっくるめてそれが恋だ。
 ごろり。畳の上に寝そべった。天井の木目を見つめる。キラキラとした楽しげな喧騒を聴きながら俺は目を閉じた。名前はいま頃、祭りを楽しんでいるのかもしれない。

 どのくらいの時間が経ったのだろうか、ずいぶん寝過ごしてしまったようだ。閉じた瞼の向こう側が急に陰ったのを感じてうっすらと目を開ければ、俺を覗き込む顔がひとつ。
「名前……?」
 不安げな表情のまま、彼女はうなずいた。ああ、来てくれたのか。胸のうちがすうっと軽くなって、嬉しさに心拍が高鳴った。賭けは勝ったのだ。
「どうしたんだい、珍しいじゃないか」
 身体を起こしながら、わざと驚いたふりをして云った。陽はもう傾きかけているようで西日が赤く差し込んでいる。上半身だけを起こした体勢のまま名前を見上げた。彼女は眉をかすかに寄せつつ、気まずそうに口を開いた。
「……慶次が、」
「俺が?」
「そう。慶次がお祭り、来ないから」
 珍しいのはそっちだよ、とつまらなそうに名前が目をそらす。いじらしいその仕草が胸をくすぐった。ついつい思ってもいないことを云って困らせたくなって、俺はあたかも面倒くさそうな風を装い、首の後ろを無造作に掻いてみた。
「俺、祭りは嫌いになったんだよ」
 名前はその目を見開いて俺にまっ直ぐな視線を向ける。驚いたというより、それは傷ついたような表情で、思いがけず、ぎくりと心臓が跳ねた。
「……ど、どうして?」
 予想以上に名前が動揺しているのがわかった。
「なっなにかあったの? もし私にできることがあるならなんでも云って! だって、だって信じられないもの……!」
 泣いてしまうのをこらえているような、不安定に震えた声。これ以上黙っていることもできず、俺はへらりと情けなく笑ってみせた。
「はは、嘘だよ、名前」
 名前は力が抜けたのか、ほっとしたように俺の隣に腰をおろした。それでいい。心配はしてほしいけど、泣いてほしいわけじゃない。
「でも、それならどうして出てこないの?」
 安堵したのも束の間、怪訝そうに名前が問う。これは云うべきか云わないべきか。思考が傾く。云ったとして、くだらないと一蹴されてしまったら、俺は立ち直れる自信がなかった。
「ねえ、慶次」
 急かすように名前を呼ばれる。いい機会じゃないか。これで名前の気持ちを知ることができる。賭けはまだ、終わっちゃいなかったんだ。そんな風に自分に云い聞かせて、彼女の見えないところで俺はグッと拳を握った。
「名前を待ってたんだ」
 自分でも驚くくらい穏やかな声になった。ことばがするすると喉を通って水のように流れ出てくる。
「いつも祭りって聞くと一番に飛び出す俺が来なかったら心配してくれるのかなあとかさ、呼びに来てくれるのかなあとかさ」
 実際に声に出してみると、我ながらひどく子どもっぽい考えだということに気付く。急に気恥ずかしくなって名前から目線を逸らした。ごまかすように自嘲する。
「阿呆みたいだろ?」
「本当、呆れる」
 仕方なさそうに名前は笑って、ずっと握ったままだった俺の拳をその両手で包んだ。緊張していたことに気付かれてしまったようで、俺はますます名前を直視できない。いつからこんなにも不器用になったのか。
「私だって、慶次のこと待っていたんだから」
「そうなのかい?」
「だから、こんなに遅くなっちゃった」
 ごめんね、と眉を下げて名前が謝る。俺は慌ててかぶりを振った。俺の身勝手な賭け事に彼女が謝ることはない。
「でも心配もしたし、祭りが嫌いになった、だなんて云われたときは慶次じゃなくなっちゃったのかと思った」
「ごめんよ、」
「ううん。でもね、私気付いたの。いくら賑やかなお祭りだって、慶次がいなくちゃ全然楽しくないって。意地を張ってないで、もっと早く迎えに来るべきだった」
 くすぐったそうにはにかむと、名前は立ち上がった。そして茫然とする俺に手を差し出して、明るく云うのだ。
「お祭りはまだ終わってないよ」
「へへ、そうだな!」
 行こうか、と俺よりひと回りもふた回りも小さな手をとって、ふたりで外へ飛び出した。

 日が暮れても祭りの空気は変わらない。むしろ昼間よりも活気づいているように思える。でたらめに踊る酔っぱらいも、はしゃぎ続ける子どもたちも、みんながみんな祭りの雰囲気にあてられていた。
「俺はやっぱり祭りが好きだよ」
 喧騒に掻き消されてしまわないように声を張り上げる。
「名前といっしょに行く祭りが好きだ!」
 私も、と名前が嬉しそうに笑う。ごった返す人混みのなか、はぐれないように繋いだままの手を固く握った。どんどこどこどこ、大太鼓が地鳴りのように低く響いた。




祭囃子は鳴りやまない
20110401

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