ごろん。元親は私の部屋に上がって早々、ベッドの上に寝転がった。いつものことなのでもうなにも云わないけれど、女の子のベッドにどうどうと突っ伏すのはいかがなものかと思う。
「名前」
「なに?」
「なにじゃねえよ、雑誌なんか読みやがって」
「あっ」
 ひょい、と読んでいた雑誌を取り上げられた。ベッドに寄りかかるようにして座っていた私は、首を捻らなければ元親が見えない。彼はなんだか不機嫌そうな顔をしていた。むくれたいのはこっちのほうである。
「なにするの」
「いっしょに居るのに雑誌読む阿呆がいるかよ」
「じゃあなにしたいの?」
「そうだな……こっちこい」
 一転して嬉しそうに元親はバシバシと空いているスペースを叩いた。それは、ベッドにいっしょに入れということなのか。
「嫌だよ」
「あ? なんでだよ」
「だって、」
「だって?」
 ことばに詰まる。下心がないのはわかっているのだけど、どうにも恥ずかしくてならない。視線をさ迷わせるうちに、ふと元親のお腹あたりに目がいった。服が捲れて、綺麗に鍛え上げられた腹筋が覗いている。
「だって、私、筋肉ムキムキって嫌だ」
 とっさの思いつきだった。我ながらあまのじゃくとは思うが、本当は元親の筋肉は好きだ。男の子だなあと感じるし、強くて頼りになりそうな感じ。でもそれが逆に気恥ずかしかったりする。だから、あながち間違ってはないのかもしれない。
 黙りこくってしまった元親はなんだか放心状態という単語がしっくりきた。唖然として私を見つめてくる目は図体がでかいくせにまるで仔犬さながらだった。私が悪いことをしたみたいで、責められている気分になる。
「そんな顔しないでよ」
「え? あ、ああ……」
 その声がもう落ち込んでいた。ああもう、可愛いなあ。きっと私がこんな風に悶えていることなんて元親はこれっぽっちも知らないのだろう。元親をアニキと慕っている、彼曰く「野郎共」たちが元親のこの姿を見たらどう思うのだろうか。いや、もしかしたらこんな可愛い面もあるだなんてこと、もう知っているのかもしれない。そう考えたら、少し妬けてしまった。しかしこれも毎度のことである。

 しばらくほうっておくと、ついにはごろんと寝返りを打って背中を向けられてしまった。さすがに可哀想になってきて、気付かれないようにそうっとベッドに乗り上がった。
「元親」
 わざと耳もとで名前を呼べば、びくりと大袈裟なくらいその逞しい肩が跳ねる。
「う、うわ、なんだよ……っ」
「えへへ、かわい」
「これ男に云う科白じゃねえぞ」
 不服そうに眉を潜める元親に、背中から抱きつく。どうしようもなく恥ずかしくて、心臓もばくばく云っているのだけど、同時にどうしようもなく元親が愛しいのだ。
「元親の筋肉好きだよ、私」
「……さっき嫌だって云ったじゃねえか」
「嘘だよ、嘘」
 可愛いなあ、本気にしちゃって。からかうように云うと、軽く舌打ちをするのが聴こえた。
「私は元親の全部が好きだもん。筋肉もそうだけど、この銀色の髪も色素の薄い目も形の綺麗な唇も筋の通った鼻も、男前な性格もたまに可愛いところもね」
「……こっ恥ずかしいこと云ってんじゃねえよ」
「嫌だって云ったら拗ねるくせに」
「当たり前だろうが」
 照れ隠しなのだろう、吐き捨てるように元親が云う。その大好きな銀色の髪からちらりと覗く耳には濃く赤が差していて、きっと顔もまっ赤なのだろうなと思うと頬を緩めずにはいられなかった。
「ねえ元親」
「なんだよ」
「腹筋触らして」
「っはあ!?」
「だめ?」
「いや、いいけどよ……」
 お許しが出たところで、もともとお腹に回していた手を服の中に滑り込ませた。実は前々から触ってみたいなと思っていたのだ。
「うわ、手ぇ冷てっ!」
「ごめん、冷え性なの。ちょっと我慢して」
「くすぐってえし……」
「おお、硬い」
 突っついてみたり、つつと腹筋のその割れ目にそって指先を這わせてみたり。自分にはないものなのでとても新鮮だ。
「も、やめ、てくれ……っ」
「ん?」
「くすぐっ、た」
 そうとうくすぐったいのか必死で身をよじる元親。いちいち反応するのが面白くて執拗に触っていたら、腕を掴まれてひっぺがされてしまった。
「あーあ……」
「もういいだろ」
「うん、まあまあ満足」
「なんだそりゃ」
 呆れたように零すと、元親がごろりとまた寝返りを打った。必然的に向き合うことになるから、元親の表情がよくわかるようになる。しかしそれも束の間、ぎゅ、と抱きしめられて、視界はまっ暗になってしまう。
「う、元親、苦しい」
「今度は俺がいいようにする番な」
「なにそれ、そんなのない」
「ある。嘘ついた罰だ」
 いやでも感じてしまう元親の匂いに、くらくらと立ってもいないのに目眩がした。
「俺も名前の全部が好きだぜ。柔らけえ髪も黒々した目も少し高い声もちっさくて冷てえ手も、その素直じゃねえ性格も可愛いところも、な」
「……もうやめて、恥ずかしい」
「だろ」
 けけ、と悪戯っぽく笑う。顔が見えないのが勿体ない、と思った。本当に元親の全部が好きなのだけど、その中でも一等、彼のこころからの楽しげな笑顔が私は好きなのだ。




ひとつ残らず愛しいので
20110401

四月莫迦企画にて
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