4月1日。年に一度、嘘をついてもいいとされる日である。私には前々から、あっと驚かせたい人物がいた。ひとつ上の学年の毛利元就先輩。いつも冷ややかで何事にも動じない彼を、一度でいいからびっくりさせたいのだ。
 このようなことを思いついたのは今回が初めてではない。今までだっていろいろなことを試してきたのだ。例えば、靴箱を開けたら飛び出すネズミのぬいぐるみは、こっそりとカメラを回していた私の目の前で派手に捨てられてしまった。隠れていたのにどうして見つかってしまったのか未だに謎である。それから、放送委員という特権を使って職員からの呼び出し。優秀な毛利先輩が教職員から怒り心頭で呼び出されるなどびっくり以外のなにものでもないだろうと、ある職員の声マネをして放送するも、逆に私が職員に叱られる結果となった。もちろん毛利先輩は痛くも痒くもない。そして最終手段だと意気込んで、愛の告白。今まででストーカーのごとく付きまとっていた私からそんなことを云われたら、さすがの毛利先輩もさぞ驚くだろうと思ったのだが、あっさりと了承されてしまった。びっくりどころではない、驚愕である。
 そんなこんなで今、私の彼氏は毛利先輩で、毛利先輩の彼女は私だった。数々の惨敗を喫しているものの、諦めるつもりなどは毛頭ない。そして、その延長戦がエイプリルフールを利用してのドッキリ作戦というわけだ。

 いろいろ考えたのだが、毛利先輩相手に姑息な手は利かない。嘘と云う時点で姑息だと云われてしまえばその通りであるが、今回は前回までの反省を踏まえて至ってシンプルにいこうと思う。
 昼休み、私は図書室へと足を向けた。教室は騒がしいからと、毛利先輩は大抵の場合ここに来る。ひと気のない静かな廊下を進み、一番奥まった場所にあるその扉を開けば、案の定彼はひとりで本を読んでいた。
「こんにちは、毛利先輩」
「何しに来た」
「いやですね、いつものことじゃないですか」
「貴様、なにか企んでおろう」
「相変わらず疑り深いんですね、毛利先輩は」
「貴様の行いがそうさせるとは考えられないのか」
 ……この鋭さ。なにが毛利先輩をこんな風に育て上げたのかは知らないが、とにもかくにも異常である。しかも私がなにかアクションを起こそうとしていることをすでに見破っているとは、やりづらいことこの上ない。
「私、毛利先輩に話していないことがあるんです」
「そのまま話さずともよい」
「いや、まあ……そう云わずに」
 切り返しの上手さも半端じゃない。ここに来て早くもこころが折れそうだ。しかし、面倒臭そうにしながらも毛利先輩は律儀に読んでいた本を閉じると私に目線を寄越した。こういうところがなんというか、憎めない。しかしこれも私に墓穴を掘らせる作戦かもしれないので油断は禁物である。思わず気が緩みそうになったところを引き締め直して、私は前々から用意していた科白を口にした。
「実はですね、私、元親先輩の義妹なんです」
 長曾我部元親と云えば、校内で一二を争う問題児であり、毛利先輩とは長年の因縁の仲である。そんな彼と、今現在お付き合い中の彼女である私が兄妹だと知ったら度肝を抜かれることだろう。
 しかし、毛利先輩はやはり毛利先輩なのだった。
「そんなはずがなかろう」
 そう云ってそそがれる視線はいつものように冷ややかなもの。けれど、私とてザラに今まで先輩をおちょくってきたわけではない。ここまでは計算通りだ。
「信じたくない気持ちもわかりますが、」
「信じるもなにも、嘘であろう」
「……いや、わかりますよ本当。信じたくないんですよね。仮にも付き合っている彼女が犬猿の仲である元親先輩と血が繋がっているだなんて」
「云いたいことはそれだけか」
「せ、先輩こそ」
 なかなかガードは固い。しかしこれも想定範囲内だ。に、と余裕の笑みをかましてやると、毛利先輩は呆れたように溜め息をついた。
「ならば云わせてもらうが、我と長曾我部は腹違いの兄弟ぞ」
 これは予想外だった。毛利先輩は、用は済んだだろう、とでも云うように読書を再開する。しかしながら、そんな話が信じられるはずもない。確かにこう反論されてしまえばなにも云い返せないわけで、そこはさすがの毛利クオリティであるが、それでも真実はこちらだと実証さえすればよいのだ。
「それこそ嘘ですよ。だって元親先輩の妹は私ですから」
「信じたくない気持ちもわかるが、」
「それ私が使った科白です」
「いや、わかるぞ、まことに。信じたくもないであろう。仮にも付き合っている彼氏があのように下衆で野蛮な大男と血が繋がっているなどと」
「云い過ぎだと思います」
 ぱたん、と再び本が閉じられる。毛利先輩の目は如何にも真剣で、嘘などつくようには見えない。しかしこれが罠だということもとっくに経験済みだ。しばらくの沈黙のあと、忌々しそうに毛利先輩は口を開いた。
「フン、考えてみればすぐにわかることよ」
「なにがですか」
「我と長曾我部が兄弟であると云うことがに決まっておろう」
「いや、どこにもそんな要素ないですよね」
「名前、貴様、我の名を忘れたか」
「どうしたんですか、いきなり。毛利先輩は毛利元就でしょう」
「それぞ。長曾我部の下の名はさんざん先ほどから貴様も口にしておろう」
「元親先輩?」
「まだわからぬか」
「え? いや、えっ、まさか」
 じっと見つめてくる毛利先輩の目はまっ直ぐで、私はどうしたらいいのか判断できなくなる。おそらく毛利先輩は、『元親』と『元就』、ふたりの名には同じ『元』という字が入っているのだと云いたいのだ。
「そのまさかぞ」
 淡々とした声で毛利先輩は続ける。
「長曾我部は我の父が愛人との間に作った息子。ゆえに、我はあやつを好ましく思わぬのだ」
 冗談でしょう、と笑い飛ばすには重すぎる話だった。それなら、納得いかないこともない……のかもしれない。本当は血が繋がっているから、だから元親先輩は必要以上に毛利先輩に構うし、反対に毛利先輩は必要以上に彼を嫌っているのだ。
 理解した途端に、すうっとこころが冷えていくのを感じた。私は、なんて酷い嘘をついてしまったのだろうか。この複雑な家庭環境を毛利先輩はずっと抱えていたというのに。そんな罪悪感がじわじわと胸に沸き上がってくる。
「わ、私……その、知らなくて」
「何人にも話したことはないゆえ、そうであろうな」
「すみません、あんな、傷を抉るような嘘をついてしまって」
「気にするでない」
 毛利先輩は穏やかに云った。それがさらに、申し訳なさを掻き立てる。知らなかったとは云え、触れてはいけない話題だったのだ。日頃の彼らを見ていれば察しがつくものを、どうしてわざわざ私はこんな嘘を選んだのか。後悔してもしきれない。
 毛利先輩の目を見られないでいると、少しして、くつくつと変な声が降ってきた。まさか泣いているのだろうかと慌てて顔を上げる。だがしかし、彼は泣いているのではなく笑っていた。
「あ、あの」
「嘘に決まっておろう」
「へ?」
「長曾我部と血が繋がっているなどと、考えただけでも吐き気がするわ」
「……」
 やられた。悠々と本を開く目の前の彼を蹴ってやりたくなる。
「謝り損です」
「先に嘘を申したのは貴様ぞ」
「まあ、そうですけど……悔しいというか」
「これに懲りたならば、我を欺こうなどという阿呆な考えは棄てることよ」
「くっ、云い返すことばもない」
 きりきりと歯ぎしりをしながらも、予鈴が鳴ったので退散することとなった。

 やはり毛利先輩はこの程度の嘘では動じないのだと学習する。一枚も二枚も上手な彼に、しかし負けっぱなしでは立つ顔もない。このままじゃ終わらせないぞと深くこころに誓いながらも、どうして毛利先輩とのこの奇妙なお付き合いをやめる気にはなれないのか、自分でも甚だ疑問だった。




敵わないひと
20110401

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