上品なアロマが香る大きな大きな景吾の部屋にお呼ばれされた私は、精一杯できる限りのお洒落をして、その場の雰囲気に形だけでも溶け込めるようにと足を揃えてふかふかのソファに座っていた。

高そうなティーカップを持つ手は割ってしまったらどうしようとか、滑らかな絨毯にこの高貴な紅茶を溢してしまったらどうしようとか、とにかく嫌な方向へ考えてぷるぷると震えている。

そんな馬鹿みたいに緊張している私を見て、ここが我が家だというお坊っちゃま景吾はふんと鼻で笑うのだ。

「な、なに」
「いや、何でもねえ」
「正直に云ってよ」
「云ったら怒るだろ」
「……怒るようなことなの」
「さあな」

余裕綽々に私のことを向かいから偉そうに見下す彼に、私は残念ながらあまり逆らえない。やつに惚れていること自体が弱み同然なのである。

カチャン、と小さな音を立てて目の前のアンティークなテーブルにドルチェが置かれた。それを持ってきてくれたのは美人なメイドさんだった。

甘いものは私の大好物だ。景吾のことだから、多分これも考えられないくらいの高級品なのだろう。上に乗る飾りがきらきらと私を魅了する。

「食べねえのか」
「け、景吾は」
「俺はいつでも食えるからな」
「……いやなやつ」
「何か云ったか」
「何でもございません」

実のところ、あまりにもその造形が美しすぎてフォークで崩してしまうことを躊躇させられるのだ。勿体無い。

いつまで経っても手を付けない私から景吾がフォークを奪い取った。

「あ、ちょ、何すんっ」

崩したドルチェを無理やり私の口に突っ込むとさも楽しそうに景吾が笑う。

「もう、」
「美味いだろ」
「う、うん……」

蕩けるような甘さの中に果実の爽やか酸味が混ざる。美味しいのひと言では片付けられない。

「景吾も食べればいいのに」
「そんなに食って欲しいのか」
「美味しいものは誰かといっしょに分かち合うべきだもん」
「俺様はお前が嬉しそうに食ってくれればそれでいい」
「ええ、なにそれ」

今度は自分でフォークを口に運ぶ。嚥下した瞬間、その唇に柔らかな何かが触れる。目の前には身を乗り出した景吾の顔。

「甘ぇな」
「な、なな」
「なんだよ」

意地の悪い笑みにキスされたのだと理解する。途端にかああっと熱くなる顔。

「だ、だって」
「Je t'aime」
「え? な、なに」

耳元で囁かれた聴き慣れないことばに思わず問い返す。

「愛してる、って云ったんだよ」

相変わらず嫉妬するくらいの綺麗な笑みをたたえて、さらりと景吾は私のこころを奪っていった。

「だから、俺様はお前が幸せそうな顔が見てえんだよ」

そしてまたドルチェを私の口元に運ぶのだ。




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20100729
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