適度に冷房の効いた部屋でゆるりと流れる時間だけを頼りに待ち人の帰りを待つ。今日の部活は夕方には終わるらしいけれど、それまでまだ結構な時間がある。大きな欠伸をひとつ漏らして私はベッドに沈み込んだ。


暗闇の中、大好きな声が私の名前を読んでいる気がして薄く瞼を持ち上げる。一気に入り込んだ蛍光灯の光の下、やっぱり大好きな彼がそこに居た。

「おい、起きろって」
「……ブン、太、おかえり」
「ただいま。って、寝るな馬鹿」

無理矢理に上半身を引っ張り起こされて、うぅと掠れた呻き声が出た。窓の外に目を移せば赤い夕焼け。

「なんでお前がうちに居るんだよぃ」

焦ったような口調に未だ夢うつつの中で首を傾げた。

「弟くんたちが、ブン太の部屋で待ってていいって」
「そうじゃなくて、何しに来たんだって」

本気でそんなことを訊いているんだろうか、この男は。何しに、ってそんなの。

「ブン太が、」
「俺が?」
「来いって云ったんじゃん」

自分から出たあからさまに不機嫌な声。それに今度はブン太が目を丸くした。

「云ったか? そんなこと」
「云ったよ。宿題、判らないところあるから教えて欲しいって。忘れたの?」
「あー……思い出した、かも」

自分から云い出したのに。少なくとも、久しぶりにブン太の家でふたり過ごせることを私は楽しみにしていたのに。ブン太が部活ばっかりなのは仕方のないことだけれど、これじゃあ私だけが浮かれていたみたいだ。

「もう、いい」

ぱたりと再度ベッドに倒れ込みふて寝を決め込むことにした。

「ばっ、寝るなよぃ!」
「知らないよ、馬鹿はブン太だ」
「悪かったって」
「……」

寝返りを打って拒絶を示す。ふいに閉じた瞼の向こう側が陰った。そうかと思えばギシリとベッドのスプリングが軋む音。

「なあ、」

先ほどよりも断然低いその声に心臓がどきりと飛び跳ねた。

「な、なに」
「いくらなんでも危機感無さすぎだろぃ」
「だって、ブン太だから」
「どういう意味で云ってんの、それ」
「どういう意味って……」

ゆっくりと瞼を開けばむっとしたブン太の顔がすぐ近くにあって、吐息の音さえ聴こえてしまいそうなその距離に一瞬だけ呼吸が止まった。

「ち、近いよ」
「で?」
「……ブン太は、そんなこと、しない」
「あのなぁ、俺だって男なんだよ」

そう溜め息を吐きながら、私の前髪をその大きな手が掻き上げた。額に降ってきた柔らかい感触にぴくりと肩が跳ねる。

「そうじゃ、なくて」
「あ? なに」
「ブン太は、酷いことはしないからって意味」
「あぁ、そういうこと」
「うん。でも、ブン太になら何されてもいいけど」
「……わざと云ってんのか」
「本当のことだよ」

じっ、とブン太の大きな目を見遣ると、適わねぇな、と苦く笑われた。

「ま、そういうとこも好きなんだけどよぃ」

今度は瞼に、それから唇にキスを落として、ぎゅうと強く抱き締められる。

「愛してるぜぃ」

耳元でそう囁かれたら、もう抵抗なんか出来るはずもなく。ただ抱き枕のようにされるがまま程好く筋肉の付いた腕に収まる。

私も、と小さく返事を返せばブン太はふわりと笑った。

「ところで勉強は、ブン太」
「そんなのまた今度でいいだろぃ」

確かに、もう勉強なんてする雰囲気でもないけれど。そう納得してしまう辺り、私は彼にとことん甘い。

「このまま寝ていいか?」
「やだよ」
「いいじゃん」

おやすみ。幸せそうに目を閉じて呟いたブン太に、私は呆れつつもその赤い髪をくしゃりと撫でてから電気を消す。

「おやすみ」

起きたら、いっしょにご飯を食べて、目的のはずだった勉強をして、それから帰ろう。そうこころの中で決めてから夕暮れに染まる部屋の中で私は再び眠りについた。



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20100827
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