仁王くんが来ない。気まぐれな人だとは思っていたけれど、まさか久しぶりのデートをすっぽかされるなんて思ってもみなかった。それも、仁王くんのほうから誘ってくれたのに。

もう待ち合わせの時間から1時間以上は優に経っている。あともう1時間だけ、そう思ったころ、見知った銀色が目に入った。

仁王くんは私に気付くと慌てて走る速度を上げる。殆ど2時間の遅刻だ。

「仁王くん」
「すまん」
「……うん、いいよ」
「こんな時間になっとるとは思いもしなかったぜよ」

待っててくれてありがとうな、と申し訳なさそうに仁王くんが笑う。私はふるりと首を横に振った。

「全然、大丈夫」

良かった、来てくれて。こころの中で安堵のため息を漏らした。怒りとか悲しみとかそんなものより、不安のほうが大きかったから。

「暑いじゃろ。どっか、店入るか」

少し息を弾ませながら仁王くんが汗を拭う。そんな些細な仕草でも見惚れてしまうくらい本当に様になるのだ。

「仁王くんも疲れてるみたいだしね」
「……怒らんのか」
「なにが?」
「遅れたこと」

仁王くんはバツが悪そうに目を逸らす。私はそんな彼の様子に失礼ながらも吹き出した。

「なに笑っとる」
「今さらだなぁと思って」
「そんなにルーズじゃなかよ、俺」
「たしかに、デート遅れたのは初めてだね」
「そうなんじゃよ」
「ん?」
「デート、遅れたこと無かったんに」

至極残念そうに仁王くんが呟くものだから、それがまた可笑しい。

「別にいいよ。それが仁王くんだもん」
「いや、」
「うん?」
「諦めないでくれんか」

彼の口からはあまり出ない、静かで重いことば。私はひとつ呼吸を置いてから頷いた。それを見て仁王くんは少し眉を下げる。

「俺、こんな性格じゃき。けど、努力はするから」
「じゃあ、今度は遅れないでね」
「気をつける」

それから、と仁王くんが続ける。今日の彼はやけに饒舌だ。何か良いことでもあったのだろうか。

「遅刻した原因、見に来るか」
「原因?」
「そ。見せちゃるきに、やっぱり店じゃなくて俺の家行こ」
「え、に、仁王くんの家?」
「心配しなさんな。誰もおらんけど食いやせんよ」

わざとらしくにやりと笑って見せるあたり、仁王くんは相当性格が悪い。私は顔に熱が昇るのを抑えられずにただ俯いた。仁王くんの思うつぼである。


部屋は綺麗に片付いていて、彼らしくシンプルに纏まっていた。

その片隅、部屋に不釣り合いな小さい段ボール箱が置かれているのが目に入る。仁王くんは私の視線の先に気付いたのか、正解ぜよ、と私を促した。

箱を覗き見てみると、中には小さな白い仔猫。

「可愛いじゃろ」
「か、わいい……!」
「そいつ、よくこの辺うろついてる野良猫でのう、今日怪我してるの見つけて、近くの病院に連れて行ったんじゃ」
「へえ……」

それで遅れたのか。そんな理由じゃまるで仕方が無い。けれど、彼はそれを諦めないで欲しいと云った。

「連絡、呉れたら合格だったのに」
「そこまで気が回らんかったなり」
「次は頑張って」
「任せんしゃい」

会話が耳に障ったのか、もぞりと仔猫が身じろぎした。琥珀色の丸い瞳が私たちふたりを睨む。

「起こしたか」
「この子、仁王くんに似てるね」
「……そうか?」
「うん、すごく」

どこが、とか云いながら仁王くんは仔猫を抱き上げる。小さな仔猫は嫌そうな顔をすることもなく、彼をまじまじと見ている。

「怪我、大丈夫なの?」
「大したことなか」
「そっか、良かったねえ」

仁王くんの腕の中に収まっているその子の喉を、出来る限り優しく撫でてみる。気持ちいいのかスッとその目が細められた。

「ん、抱っこしてみんしゃい」
「いいの?」
「いいもなにも、こいつは俺のじゃなか」

自由じゃき、誰にも特別に懐かん。その台詞に、やっぱりこの子と仁王くんは似ていると思った。

ふわふわの白を受け取り、この胸に抱く。仔猫はおとなしく私の腕にも収まってくれた。

振り返ると、仁王くんは後ろから私のお腹に両の腕を回した。包み込むような優しいそれとは反対に、私の心臓は穏やかでいられなくなる。

「俺はこいつとは違うぜよ」

仁王くんが私の肩越しに仔猫を覗き込む。

「たったひとりの特別がこうして居るからのう」
「にお、くん」
「俺には、少しくらい束縛してくれるほうが良いんじゃ、多分」
「……そんなこと云ったら、私、きっと仁王くんを独り占めしちゃうよ」
「別によかよ。俺はお前さんの彼氏だから」

それに、俺も同じじゃき。くく、と仁王くんが耳元で猫のように喉を鳴らして笑う。胸の仔猫が小さく鳴き声を上げた。

「好いとうよ」

仁王くんが私を、私は仔猫を、ぎゅうと抱きしめて温かい鼓動をしばらく聴いていた。




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20100810
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