緩やかな黒髪が光に透けて青く凪いでいる。まるで空の色をほんの少し貰ったみたいにきらきらと。幸村くんは何もかもが綺麗で、自然だと思った。

「なに?」
「ううん。なんでもないよ」

暑いねと曖昧に笑えば、幸村くんは夏だからね、なんて眩しそうに空を仰いだ。テニス部にしては白い肌が惜しげもなく陽に晒される。

夏休み中の数少ないテニス部の休日。そんな貴重な1日を幸村くんは私と過ごしてくれると云った。ゆっくり休んだらいいのにって私は一度断ったけれど、幸村くんがそうしたいのだと云うのなら、私もそのほうが良い。

愛されてるのかな、と思う。

ふたりで過ごすと云っても、とくに行き先は無くて。数十分電車に揺られて、適当なところで降りて宛もなく街を歩く。お散歩だ。

暑いからアイスでも食べようか、と大きな公園の小さな出店に今さっき並び始めたところなのである。

「まだかなー」
「疲れた?」
「ううん。元気」
「暑いなら、あっちの木陰のベンチに座っててもいいよ」
「え、幸村くんひとりに並ばせるなんて出来ないよ」
「ふたりで並んだってひとりで並んだっていっしょだろう?」

私に気を遣ってくれているのだ。だけど、その云い方はちょっと淋しい。

「そんなことないよ」
「どうして?」

幸村くんは私を見てふわりと笑った。なんだか白々しい。わざとそんな風に云って私を困らせるのが幸村くんは好きなのだ。

「……楽しい時間は早く過ぎるって云うから」
「そう。じゃあ、俺と居るのは楽しくないのかな」

幸村くんが目を伏せて悲しそうな顔をする。これは演技なんだって判っていても、そんな表情をされると私はどきりとしてしまう。

「え、な、なん」
「さっき『まだかなー』って云っていたじゃないか」
「ち、がう! そうじゃなくて。けど、その……」
「けど?」
「幸村くんと居ると緊張するから」

俯く私に、幸村くんはからりと声を出して笑った。完全に遊ばれている。

「……仕方ないじゃん」
「はは、そうか」
「もう!」

私が抗議の声を上げたところで、やっと前に人が居なくなった。店員のお姉さんがにこりと営業用の笑顔を向ける。

「ご注文はお決まりですか?」
「じゃあ、これで」
「私も同じので」
「駄目だよ」
「え、なんで?」
「なんでも」
「私、幸村くんといっしょがいい」

幸村くんの意図が掴めなくて、私は彼を見上げながらぱちぱちと意味もなく瞬きを繰り返した。

すると、幸村くんは私から視線を外して、困ったように微かなため息をついた。

「食べ比べ出来ないだろ」
「食べ比べ? したいの?」
「たまには恋人らしいことでもしようと思って」

表情を変えずにさらりと紡がれたことばに、私の顔は夏の暑さに負けないくらい熱くなった。

「……じゃあ、やっぱり、えっと……こっちで」
「かしこまりました」

しどろもどろの注文にも笑顔で対応してくれる店員さんに内心感謝する。私は幸村くんに遊ばれっぱなしだ。

アイスを受け取り、ふたりで木陰のベンチに座る。スプーンで掬って舌の上に伸せれば、甘い味が冷たく溶けた。

「ん、美味しい」
「そう、良かった」
「頂戴よ、幸村くんの。食べ比べ」
「どうぞ」

はい、とスプーンを向けられた。躊躇する私に幸村くんはそれを私の口元へ持っていくことで促す。でも、これは恥ずかしい。

「要らないのかい」
「い、いる」
「早くしないと溶けるよ」
「う、い、頂きます……」

そろそろと口を開けば幸村くんは満足そうに笑った。その笑顔があんまり優しいものだから私はスプーンを加えたまま赤面するのだ。甘酸っぱいアイスが溶ける。

「美味しい?」
「う、ん」

私も幸村くんがそうしたように、自分のアイスをスプーンに乗せて差し出した。少しひんやりとした手で幸村くんは私の手を掴んでアイスを食べる。形の良い薄い唇からスプーンが離れた後も何故かその手は離れなかった。

「うん、美味しい」
「ゆ、幸村くん? あの、手」

云った瞬間、手を引かれて、冷えた唇が優しく重なった。その反動で掴まれていないほうの手に持っていたアイスを私は落としてしまったらしかった。勿体無い。

「い、いきなり、なに……」
「間接キスだけじゃ物足りないだろう?」
「な……」
「大丈夫。ちゃんと愛してる」

手は離れるどころか自然と指が絡まった。ぎゅ、と力を込めれば同じように握り返してくれる。

「愛してるから、我慢出来なくなるんだ」

そう云って、幸村くんはさっきよりも少しだけ長いキスを私に落とした。




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20100804
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