かじかむ手にそっと息を吐きかけた。白い靄のようなそれは、しかし一瞬のうちに冷気によって掻き消される。

私は、なにをしているのだろう。なにが哀しくてクリスマスの朝から街頭でティッシュ配りなんて。

世界はこんなにも明るく、きらきらとした幸せで溢れているというのに、この差はなんだ。
クリスマスをいっしょに過ごせる恋人もいなければ、友達とはしゃげるほどのお金もない。私だけがこの色めく空気に取り残されているような錯覚さえ起こす。

手元の小さなカゴの中身はなかなか減らない。まだダンボール箱にも山積みになっているのだ、ひどく気が遠くなる。
道行く人たちのほとんどに無視されるというのは結構な苦痛を伴うもので、淋しさだけがしんしんと雪のように降り積もった。

このアルバイトは私には向いていなかったのかもしれないな、なんて溜め息を零しかけたときだ。後ろから走ってきた人に勢いよくぶつかった。
バランスを崩してよろめいた身体はそのまま転けて、カゴからはティッシュが飛び出てバラバラとアスファルトに散らばる。

不幸には不幸が重なるものなのだ。ぶつかってきた人はすみませんとだけ云い残し、そのまま走り去ってしまった。唖然と座り込んでいると目の前にふと影が差した。

「大丈夫?」

降ってきた声に顔を上げれば、鮮やかなオレンジ色の髪を揺らして男の子が私を覗き込んでいた。その後ろには他にも何人かの男の子たちが居て、揃いも揃ってこちらを凝視している。そのあまりの恥ずかしさと情けなさに視界がじわりと滲むのが判った。

「えっ、そんなに痛かったの?」

慌てたような声に急いで首を横に振る。困らせるようなことはしたくない。でも、ほうっておいて欲しいのも事実だった。惨めさが増すだけだ。

「あー、旦那たち先行っててよ」
「なにを申すか佐助! 某もっ、」
「猿が良いって云ってんだ、行くぜ幸村」
「そうそう、せっかくの出逢いを邪魔するなんて野暮ってもんだよ」
「なんと! 破廉恥であるぞ慶次殿!」

好き勝手な会話を交わしながら通りすぎていく友達に、オレンジの髪の男の子は疲れを含んだ溜め息をひとつ漏らした。

「立てる?」

手を差し出される。けれど、さすがに見知らぬ男の子の手を掴むのは気が引けて、私は慌ててかぶりを振った。

「だ、大丈夫、です」
「いいから、ほら」

しかし、ささやかな抵抗はさらりとかわされて、腕を掴まれ引っ張り上げられてしまった。じくりと焼けるように痛んだ足に思わず顔を歪める。どうやら膝を擦りむいたらしい。

「うわ、痛そう」
「だ、大丈夫です」
「大丈夫そうじゃないよ、それ。ティッシュは拾っといてあげるから洗っておいで」
「わ、悪いですよ。本当に平気ですから、お友達のところに戻って下さい」
「なに云ってんの。泣いてる女の子ほうって行けるわけないでしょ」

云いながら、男の子はしゃがみこんで散らばったティッシュを拾い集め始める。そんな、優しいことばに今度こそ涙が零れた。

「あーもう、泣かない!」
「す、すみませ……っ」
「ほら、ティッシュ使っちゃいな」
「お、怒られ、ちゃいます」
「大丈夫大丈夫。これは俺様に配った分」

男の子が強引にティッシュの封を開けて突き出してくる。断ることも出来ず、一枚だけ引っ張り出してぐしぐしと目元を拭った。化粧が落ちなければいいけど、なんて頭の隅で要らぬ心配をする。

「じゃあこれ拾い終わったら、いっしょに足洗いに行こう。そしたらティッシュ配り手伝ってあげるからさ」
「そんな、本当に悪いですから……!」
「だって考えてもみなよ。なにが哀しくてクリスマスに男4人で遊ばなきゃならないのさ」

女の子のティッシュ配り手伝うほうがよっぽっど賢明だろ、と男の子が笑う。こんなに優しくて、容姿も良いのに彼女とか、いないのだろうか。それが不思議でならなかった。



散らばってしまったティッシュをすべて拾い集めて、適当なお店に入って足を洗ったあと、またティッシュ配りに戻った。

驚くことに彼の手からはどんどんティッシュが無くなっていくのだ。挙げ句の果てには「お兄さんひとりなんですかー?」なんて女の子に絡まれている。

「いま俺様仕事中だからさ」
「ええー」
「ごめんねー」

へらりと愛想の良い笑みを浮かべてさりげなくあしらっている。そう云われるしまえば女の子たちも引かざるを得ない。

「……慣れてる」
「ん? なんか云った?」
「い、いえ!」
「ティッシュなくなっちゃったから取りに来たんだけど、貰ってって良い?」
「ど、どうぞ……」

凄まじい消化スピードに呆然とする。ダンボール箱からごっそりとティッシュを持って行く男の子をしり目に、私もどうにかして手元のカゴを空にしなければと少し焦った。

それでもすべてを配り終えたのは日の沈む頃で、ずっと立ちっぱなしだった足は棒のようになっていた。
日雇いのアルバイトなのでそのまま事務所へ帰ってお給料を頂く。もっと時間掛かると思ってたよ、ということばには曖昧に笑うしかなかった。

外で待ってくれていた男の子に、封筒から貰ったお金の半分を差し出す。

「あの、手伝ってくれたお礼です。ありがとうございました」
「え、いいってそんなの!」
「でも、私の気が済まないんです。貰って下さい」
「生憎、お金には困ってないんだ」

そうだなあ、なんて彼は続けた。

「このあとの時間を俺様に呉れない?」

そのことばの意味を汲み取るのにいささか時間が掛かった。それはつまり、どういうことなのだろう。

「え、えっと、あの、」
「お腹空いたしさ、なんか食べに行こうよ」

ね、と肯定を求められ思わず反射的に頷いてしまう。ああ、しまった。なんて思ったときにはもう後の祭りだった。



連れていかれたのは近くのファミリーレストランで、私はそれは申し訳ないからいいと遠慮したのだけれど、結局奢って貰ってしまった。
彼曰く「クリスマスにわざわざ日雇いのバイト入れるくらいお金に困ってるんでしょ」だそうだ。図星である。

「……どうして、」
「なに?」
「どうして、こんなに気も利いて優しくて、格好好いのに彼女居ないんですか」
「なにその口説き文句」
「ち、違います! そんなんじゃなくて!」
「冗談だよ」

くつくつと喉を鳴らすようにして笑われる。そんなんじゃないのだ。ただ、本当に不思議に思っただけで。けれど、どうにも顔が熱くて妙な気持ちになる。

「なんでだろうね、縁がなかったとしか」

そんなはず、ないではないか。街では声をかけられるし、学生か社会人か判らないけれど、女の子がほうっておくはずがないのに。

「そろそろ行こうか」
「あ、はい」
「駅まで送ってくよ」
「え、あ、ありがとうございます」

家までと云わないあたり、この人は人との距離を図るのがとても上手な人なのだと思った。初対面で踏み込み過ぎず、それでいて他人行儀過ぎない、ちょうど良い距離。

駅が見えてきた頃、少し云いづらそうに柔らかい低音が呟いた。

「あと、さ」
「はい」
「よかったら、連絡先交換して欲しいな、なんて」

駄目かな、とどこか照れたような笑顔がどうしてか私の心臓を忙しなくさせる。断る理由なんてひとつもなくて、鞄からいそいそと携帯電話を取り出した。

「赤外線で送るので受信して下さい」
「ん、了解」

携帯電話を向かい合わせて決定ボタンを押せば、しばらくして送信完了の文字。そのあと、彼からもアドレスを送信して貰った。

「苗字名前ちゃん、ね」

画面を確認しながらそう確認される。私も真似して「猿飛佐助さんですね」と返した。

「佐助でいいよ」
「あ、じゃあ、佐助、さん」
「なに?」
「今日はほんとにありがとうございました」

ぺこ、とひとつ頭を下げる。佐助さんはこちらこそなんて云って笑ってみせた。

「それじゃあ、気を付けてね」
「はい」
「メリークリスマス、名前ちゃん」

大きな手のひらで優しく私の頭を撫でると、その手をひらりと振って佐助さんは歩き出す。
空気はとても冷たいのに、どうしようもなく顔が熱くて、私は携帯電話を握りしめたまま、佐助さんの背中が見えなくなるまでしばらくその場から動けなかった。




拾ったものは
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20101231
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