携帯電話を握りしめながらベランダでひとり星を眺めていた。夜の空気はとても冷たくて、淋しさだけがつのっていく。

クリスマスは当たり前のように小十郎と過ごせるものだと思っていた。けれど、つい先日のことだ。珍しく小十郎から電話がかかってきたかと思えば「クリスマス、会えなくなっちまった」って。仕事が入ってしまったのだそうだ。
12月はとても忙しい時期だろうし、信頼を置かれている小十郎にたくさんの仕事が回るのも判る。誇らしいことだ。それでも、用があって会社に行った際に一度だけ見たことのあるあの若社長を恨まずにはいられなかった。

「逢いたい、なぁ」

誰にともなく小さく呟く。吐き出された二酸化炭素が淡い白になって夜に溶けた。電話越しに、すまねえ、と謝った小十郎はどんな気持ちでいたのだろうか。私と同じ想いで居てくれているのだろうか。ひどく切なくなる。
最初の頃は月に一度逢えるだけで本当に嬉しかったのに、私はどうやらどんどん欲張りになっているらしかった。

寒いし、もう中に戻ろう。そう思った時、視界の端に車のライトが入った。目を凝らせばそれは小十郎の愛車とよく似ている。いや、紛れもなくそうだ。月の光を反射して濡れたようにひかる黒い車はそのまま私の家の前で停車した。

すると次の瞬間には手の中の携帯電話が震えだす。慌てて通話ボタンを押して耳に宛がえば、大好きな声が鼓膜を震わせた。

「何してんだ、そんなところで。風邪引いたらどうする」
「こ、小十郎、こそ、どうして……」
「仕事終わらせて来た」
「え、大丈夫なの?」
「いいから、今から出て来られるか」

嬉しくて嬉しくて声が震える。今すぐ行く! と即答すれば小十郎は優しく、ゆっくりでいい、なんて云ってくれた。

通話を切って急いで着替える。どれにしようなんて迷う暇さえ惜しくてクローゼットの引き出しの一番上にあったスカートを引っ付かんだ。コートを着込んでマフラーを巻いて家を飛び出す。ブーツの踵がかこんかこんと音を鳴らした。

「お、お邪魔します」

車のドアを開いて助手席に乗り込む。小十郎は呆れたように小さく笑った。

「なに慌ててんだ」
「だって……!」
「来ないほうが良かったか」
「そ、そんなわけない」

嬉しかった、と消え入りそうな声で呟けば、ぽんぽん、と大きな手で頭を撫でられた。子ども扱いされたようで気恥ずかしくなる。

「連れて行きてえ所があるんだが、」
「どこ……?」
「着けば判る」

小十郎といっしょならどこでも構わないのだけれど、そう云われると何だか気になる。シートベルトしろよ、なんてことばに頷きながらも考えを巡らせた。シートベルトがカチャリと鳴ったことを確認して小十郎は車を発進させる。小十郎の運転は優しくて好きだ。彼の性格がそのまま表れているみたいで。

流れていく景色はクリスマス特有のネオンがきらきらと輝いていて、夜だと云うのにとても明るい。

「降りるぞ」

どこか、公園の駐車場だろうか。暖かい車内から外に出る。肌に触れた冷たい空気に思わず身震いした。たくさんの人たちのはしゃぐ声が遠くに聴こえる。

「こっちだ」

そう云って先を歩いていく小十郎。その背中を追いかけ付いていく。隣を歩く私のために歩調を緩めてくれるのが嬉しくて無意識に頬が緩んだ。

だんだんと喧騒が近付いてくる。拓けた場所に出ると小十郎はその足を止めた。

私も、思わず息を呑む。目の前に広がっていたのは寒さも忘れてしまうくらい綺麗で、壮大なイルミネーション。
周りの人たちの話し声さえ遮断され、きらきらと夜を彩るひかりの海にただただ魅せられた。

「好きか、こういうのは」

何も云わない私に、小十郎が伺うような口調で訊く。慌てて彼の目を見て頷けば、そうか、と怖面の表情が少し和らいだ。

「すまねえな、忙しくてプレゼントを用意出来なかった。代わりと云っちゃあ難だが、名前にこれを見せてやりてえと思って」

そのことばに私はふるふると首を横に振ることしか出来ない。その気持ちがとにかく嬉しくて、嬉しすぎて返すことばが見つからないのだ。

「ありがとう、小十郎。すごく、すごく嬉しい」

星屑のように煌めく無数のライトに目を向ける。小十郎が優しく笑うのが判って、胸の奥のほうが、きゅ、と締め付けられるみたいだ。

「でも私は、こうやって小十郎といっしょに居られるだけでいいの」
「名前……」
「それが一番のプレゼントだよ」

隣の彼の、私より一回りも二回りも大きな手を握る。温かくて、安心する手。

「大好きだよ、小十郎」

見上げれば、小十郎はもう片方の手で口元を抑えて顔を背けてしまう。けれど耳や頬がまっ赤になってるのが明るいイルミネーションのせいで隠せていない。
そんなところもどうしようもなく愛しくて、想いはとめどなく溢れ出てくるのだ。

「ねえ、好き」

再度、確かめるようにそう零せば、恥ずかしそうにこの手を握り返してくれた。

「……俺もだ、名前」

ずっとこのまま、こうしていられたら良いのに。繋いだ手のぬくもりを感じながら、聖なる夜を祝福する幻想的なひかりたちにいつまでもふたり包まれていた。




ひかりの海に飛び込んで
request by ♯31


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20101224
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