ショーウィンドウに並ぶケーキたちは宝石みたいなフルーツの欠片を乗せていたり、立派な軍服のボタンのようなチョコレートをくっ付けていたり、とにかくキラキラと私を魅力して止まない。

「決まったか」

元親の苦笑気味な声が降りかかる。待って、もうちょっと。目の前のケーキたちから視線を外すことなくそう返してうんうんと唸る。

「なら食いたいやつ全部買ってやっから、好きなだけ選べって」
「え、だめだめ。こんなに食べられないよ、勿体無い」
「……どんだけあんだよ」
「だ、だってどれも美味しそうで」

困ったような笑顔に甘えて結局3種類のケーキを選んだ。元親もひとつだけ自分に買って、会計を済ませてその箱を受け取る。

「ありがとう、元親」
「本当にいいのか、ケーキなんかで」
「いい! 全然いい!」

クリスマスプレゼントは何がいいんだ、と聞かれたとき、自分も元親にプレゼントは何が良いのだろうかと考えていたところだった。お互い同じことを考えていたことに波長が合ってる! なんて嬉しくなりつつも、尋ねられて始めてそれほど欲しいものなんて特にないことに気が付いた。だって、元親といっしょに居られるだけで私は幸せなのだ。

だから、元親といっしょにケーキが食べたいと答えた。これは前半の8文字が非常に重要であって、ケーキなんておまけみたいなものなのである。3種類も選んだその口で云うか、と云われるとちょっとばかり苦しいけれど、まあそれはそれだ。どうしたってこんな高いケーキ屋さんなかなか来られない。

「で、元親は何が欲しいの」

私の問いに元親は、ああ、と曖昧なことばを漏らす。ためらうようなものなのだろうか、といろいろ予想してみるけれど私には見当もつかない。

「何でもいいんだよ、あんまり高いのは無理だけど」
「せっかちだな、名前は。あとで教えてやっから」
「だって、ケーキ買っちゃったからあんまり買い物の時間もう取られないよ」
「おう。買い物はもうおしめえよ」
「え? なんで」
「俺も『物』は要らねえんでな」

にかりと私の大好きな顔で笑うと、元親はケーキを持っていないほうの大きな手で私の頭をがしがしと撫でた。髪が絡まるのもお構いなしなその手つきはいつだってとても優しい。

「んな顔すんなって。ケーキ食ったらな」

よほど不服そうな顔をしていたのか、元親は今度は絡まった髪を丁寧にほどきながら云った。違うのだ。ただ元親にだけお金を遣わせるのが申し訳なくて。プレゼントなんてつまりはギブアンドテイクなはずなのに。私はいつも元親から貰ってばかりで、気持ちすら満足に返せないのだ。こんなに好きなのに、それがひどくもどかしい。



元親の部屋に上がるのはこれで何度目だろうか。一人暮らしの小さなアパートの玄関は狭くて、彼が靴を脱いで上がったのを確認してから私も続いてお邪魔します、と玄関に踏み入る。

「なに改まってんだ、誰も居ねえぞ」
「知ってるけど、一応ね」

へらりと笑いながらブーツを揃える。仕方がないのだ、何度来たっていつまでも私は緊張してしまう。ここで元親が生活してるんだって考えると、どうにも落ち着かなくなる。

元親は小さなテーブルにケーキの箱を置くと暖房を入れて台所に向かった。名前も手ぇ洗えよ、と投げかけられてそのまま元親に付いていく。

「うがいもな。最近、風邪が流行ってっからよ」
「はいはいアニキ」
「あのなあ……心配してんだぞ」

からかわれたととったのか、ふて腐れたように元親が云う。乱暴な手つきで自分の綺麗な銀色の髪を掻く彼に、知ってるよ、とこころの中で呟いた。そんなこと痛いくらいに判ってる。いつも私のことばっかり気に掛けてくれて、私は元親のほうが心配になるのだ。

ケーキは上品な甘さを残して口の中でふわふわと溶けていった。それでも、とてもじゃないけど3つをひとりで食べることなんて出来なくて、結局ふたりで4つを分けながら平らげることになった。

「美味しかった」
「そりゃあ良かった」
「うん、ありがと」

元親の広い肩にもたれ掛かりながらケーキの余韻に浸る。太るなあ、なんて考えはこの際ぜんぶ捨てて、とにかく満ち足りた雰囲気に身を任せる。
すると何を思ったのか元親の腕が背中に回って、ぎゅ、と正面から抱きしめられた。後頭部を大きな手のひらがくしゃりと撫でる。

「名前、」
「どうしたの? 元親」
「俺の欲しいもんなんだけどよ」
「うん」
「何でもいいって行ったよな」
「う、うん」

どうも引っかかる云い様に首傾げながらも頷けば、密着していた身体がゆっくりと離れる。同時に冷めていく体温がほんの少し名残惜しくて、どぎまぎしながら顔を上げると元親は何だか気まずそうに目線を逸らした。

「名前からの、キスが欲しい」

……え。予想だにしなかったそのことばに身体ともども思考まで固まる。一向に目は合わせないまま恥ずかしそうに頬を掻く元親。

「え、も、もとちか」
「思えばして貰ったことがねーなと気付いたんだが」
「い、いや……でも、」
「何でもするって云ったよな?」

迫るような云い方にどきりとする。確かに、自分からキスなんてしたことない。恥ずかしすぎて、そんなこと出来っこないのだ。

「名前」

海の色をした瞳がまっ直ぐに私を捕らえる。ずるい、ずるい。そんな目で名前を呼ばれたら断ることも出来ないではないか。

なあ、頼む。その声に、今まで私が元親から貰ったすべてのものを思い起こした。そうだった。それらのひとつ分でも、返せるのなら。ごくりと息を呑む。

「は、恥ずかしい、から、ちゃんと目、瞑っててね」
「お、おう」

右目が閉じたのを確認して、元親の肩辺りをぎゅうと掴む。どくどくと心臓がひどく脈打って、血液がもの凄い速さで全身に送り出される。とてつもなく熱い。

きつく目を瞑って、恐る恐る元親の薄い唇に自分のそれを押し付けた。触れるだけの、キスとも呼べないような稚拙なそれ。熱くて熱くて、どうにかなってしまいそうだ。

そっと離れようとした瞬間、逃がさないとでも云うように頭の後ろをあの大きな手で固定された。何度も何度も深く柔らかく口付けられて呼吸する暇なんて与えてくれない。
ようやく解放された頃には身体はすっかり絆されて力が入らなくなっていた。尚も左胸で暴れ回る心臓のせいで体温も上がりっぱなしだ。

「……し、死ぬかと、思った……」

羞恥とか息苦しさとかがない混ぜになってそう呟くと、元親は私を優しく抱き締めて笑った。あんまり機嫌が良さそうだから、さらに恥ずかしくなって私はその厚い胸板に顔を埋めるのだ。

「やっぱりするのとされるのじゃあ全然違えもんだな」

確かに、そうかもしれない。狂ったように急いで収縮する心臓が何よりその証拠だった。

「……元親はいつも、もっと余裕そうなのに」
「そうでもないぜ」

聴こえるだろ、心臓ばくばくだ。そう云って元親は自分の胸に私の耳を押し付けるけれど、自分の心音が煩く耳の裏側で響くものだから、全然判らなくて何だか途端に悔しくなるのだ。




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20101223
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