クリスマスは空けとけよ。そう名前に告げてから早2週間、ついにその日がやってきた。浮かれる気持ちを抑えつけて今日のために考えたプランの最終チェックをする。

午後6時に駅前で待ち合わせ。夜景を望めるレストランで夕食をとったあと、クリスマスイルミネーションを見に行く。これは名前のリクエストだ。いい雰囲気になったところで婚約指輪をプレゼント。よし、完璧だ。

仕事を早々に切り上げて、一旦帰宅し準備する。今日のために新調したスーツを着込んで、シックな柄のネクタイをきっちり締める。腕時計も一番高いものを選んだ。

「……もうこんな時間か」

磨き上げられた黒の革靴を履いて家を出れば吐く息は白く、冷たい空気が頬を刺した。足早に待ち合わせ場所へと向かう。

女はシチュエーションを大切にすると聞く。彼女だってそれは例外ではないはずで、だからこそ俺は今日まで待ったのだ。クリスマスの夜にひかり輝くイルミネーションのもと、エンゲージリングを渡してプロポーズ。これ以上romanticなデートもないだろう。

賑やかに色めく駅前にはすでに彼女が待っていた。もちろん多少待たせることさえ計算のうちだ。

「名前」
「あ、政宗くん」

名前を呼ぶと名前は嬉しそうに顔を上げた。いつもとは少し雰囲気が違う。化粧を変えたのかもしれない。

「待ったか」
「ううん、全然」

お決まりなやり取りに自然と頬が緩む。しかしどこかで緊張しているのも確かで、こころなしか台詞がぎこちなくなる。

「OK,行くか」

出来る限りさりげなく名前のその小さな手をとった。歩き出すと、あ、と彼女が短く声を上げた。

「どうした?」
「えっと……政宗くん、その」

いかにも云いづらそうなその口ぶりに、心臓が嫌な音を立てる。スタート早々、何か気に障ることでもしてしまっただろうか。

「what? 勿体振らずに云えよ」
「あの、タグ」
「Ah?」
「タグ、付いてる」

云い終えて堪えきれなくなったのか、ふは、と彼女は吹き出すように笑った。かああ、と顔が熱くなっていくのを嫌というほどに感じる。tagだって? なんで確認しなかったんだ、俺は。

「切ってあげるから、じっとしててね」
「お、おう。わりぃ、な」

鞄からソーイングセットを取り出すと、小さなハサミで首の後ろのそれを切ってくれる。顔が見えないのがせめてもの救いだ。尚もくすくすと笑っている名前を俺は直視することが出来ない。

「うわ、高いねえ」
「ばっ……! 見んじゃねえよ!」
「似合ってるよ」
「……は、」
「新しいスーツなんでしょう? 似合ってる」
「あ、当たり前だ!」

shit.小さくそう呟いて乱暴に彼女の手を取り直して進んでいく。スタートは失敗しちまったがデートはこれからだ。まだ挽回出来る。火照る頭で自分に云い聞かせて予約をとったフレンチレストランへと向かった。



わあ、と名前が声を漏らした。この辺りでは一、二を争うくらい名のあるホテルの最上階レストラン。一面のガラス張りから見下ろす夜景は、暗闇に光のつぶが無造作にちりばめられているようだ。

その窓際の一番良い席から、名前は宝石箱のような街を眺めてその顔をほころばせた。その表情だけで、連れてきて良かったと心底思える。

「お洒落なレストランだね」
「気に入ったか」
「政宗くんは慣れてるかもしれないけど、私は場違いじゃないか不安だよ」
「大丈夫だ、心配いらねえ」

なんたって夜景よりアンタのほうが綺麗だからな、と艶のある髪を掬って云えば彼女は薄く頬を染めながら笑った。そんなところがひどく愛しいと思う。

「恥ずかしい人」
「うるせえよ」

話は尽きない。お互いの仕事の関係で頻繁には会えない分、いっしょに過ごせなかったその空白を埋めるかのようにこと細かに、或いはざっくりと語り合う。名前との時間は退屈を知らず、とても心地好い。

コース料理や上品なワインをこれでもかというほどに堪能した。月もだんだんと高くなってきてそろそろ良い頃合いだろうと、今日のメインを切り出す。

「イルミネーション、見に行くか」
「行く!」

嬉しそうに頷く名前は無邪気だ。勘定はカードで済ませようと差し出すと、一度機械に通したあと突き返されてしまった。

「申し訳御座いませんがお客様、現在そちらのカードは使用出来なくなっております」
「そんなはずはねえ。使えるはずだ」
「いえ、しかし……」

思い当たることと云えば、小十郎に無駄使いし過ぎだと叱られたことくらいか。……まさか、差押えられたか?
血の気が引く。生憎、現金はあまり持ち歩かない性なのだ。

「あ、じゃあ私払っておくから、大丈夫だよ」
「なっ、お前……!」
「後でちゃんとしてくれればいいから」

政宗くんの奢りで良いんでしょう? と笑いながら名前が自分のクレジットカードを差し出す。正常に読み込まれたそれは淡々と支払いを終えた。居たたまれない空気に足早にレストランを後にする。sorry,と情けない声で謝れば、いいよと名前はやっぱり笑ってくれた。



そこはテレビでも紹介されるような大規模なイルミネーションで、今日が最終日なのだという。それもあってか圧倒的に恋人同士が多いものの、友達同士や家族連れまで多くの賑わいを見せていた。

「凄い人だねえ」
「あ、あぁ」

人混みを掻き分け、巨大なクリスマスツリーの前へとなんとか移動する。はぐれてしまわないように腕を組みながら。

もちろんメインのクリスマスツリーだけではなく、その周り一体がすべて電飾で彩られているのだが、今の俺にはそれを楽しむ余裕などないに等しかった。いつプロポーズをしようかとそればかりが頭の中をぐるぐる巡るのだ。

「うわあ、綺麗だね」
「そう、だな」
「政宗くん? どうかした?」
「い、いや……」

食事の際は感じなかったとてつもない緊張に人混みも相成ってひどく気分が悪い。名前にそれを悟られないように必死に繕うものの、まっ直ぐ立っているのもやっとだった。

「うっ……」
「政宗くん、もしかして気分悪い?」
「だ、大丈夫だ」
「嘘、顔色悪いよ。少し休もう」

名前に引っ張られるようにして空いているベンチを探す。人がもうほとんど居なくなるようなところまで進んで、やっとのことで見つけることが出来た。無理やり座らせられ、ネクタイを緩められる。

「人混み苦手?」
「そういうわけじゃねえんだが……」
「そう? なら、食べすぎちゃった、とか?」
「Ah...いや、」

歯切れの悪い俺に、不思議そうに名前が首を傾げる。深く息を吸い込むと少しだけ気分がましになったような気がした。なんて情けないのか。

「緊張、してたんだ」
「緊張……?」
「最後まで格好付かねえな」

自嘲気味な笑いが零れる。そんな俺に、しかし名前はからからと今日のそれまでの中で一番嬉しそう笑った。

「私も、緊張してたよ」
「嘘つけ」
「ほんとだって、」

きゅ、と手を握られて初めてその手が冷たいことを知る。そんなことも気付けないほどに俺は自分のことばかりでいっぱいになっていたのか。

「なら、最後くらい格好付けさせてくれ」

ポケットから小さな箱を取り出して渡す。開けてみな、と促せば名前の細い指が蓋を持ち上げた。

「……ゆび、わ」
「engagement ringだ」

シルバーのそれを箱から外して、彼女の左手の薬指に填める。サイズも丁度だ。

「俺の嫁になってくれるか」

こくりと頷いた名前はそれきり顔を上げてくれず、代わりに小さな嗚咽が耳を掠める。柔らかい髪を優しく撫でて、その額にキスを落とした。




merry x'mas,marry me
request by ♯05


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20101221
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