暖かい色のキャンドルが灯る部屋。そのほかの光と云えばクリスマスツリーの宝石みたいな電飾と、ブラウン管から漏れるアナログめいた明かりだけだった。
「ケーキはもう良いのか」
「うん。お腹いっぱい。幸村は」
「俺もだ」
幸せ、ってきっとこういうことを云うのだろう。美味しいケーキ、開けてそのままのクリスマスプレゼント、暖かい空間。それから、隣には大好きな人。右手に重なる温もりがその存在を確かに感じさせて、私はそれだけのことにひどく安心する。
ボリュームを絞ったテレビから時折、楽しそうな笑い声が聴こえてくる。画面の向こうの明るいそれが逆にこの部屋の静けさを際立たせていた。
「幸村」
「なんだ」
「来年もクリスマス、いっしょにやろうね」
バラエティ番組に向けていた目を幸村へと移す。当たり前だろう、とでも云うように彼は優しく笑って見せた。
「またプレゼントを考えねばならぬな」
「1年後だよ」
「女物はよく判らぬゆえ、大変なのだぞ」
「別にいいのに、プレゼントなんて」
「名前がくれると云い張るからだろう」
「私は、私があげたいだけだから」
「なら俺も俺が渡したいだけだ」
ふかふかのソファに身体を預けて、そんな他愛のない会話を交わすのが私は普段から好きだった。
本当はクリスマスなら、恋人同士で綺麗なイルミネーションを見に行ったり、いつもより少しだけお洒落なレストランにディナーを食べに行ったりするのが一般世間では主流なのだろうけれど。
でもこれが私たちふたりの在り方なのだ。暖かい空間と、隣に大好きな人。これだけあれば特別なものなんて何も要らない。
「名前、」
「なに?」
「喉が渇かぬか」
こほ、と小さな咳払いをしながら顔をしかめた幸村に私は思わず笑ってしまった。結局、やっぱりこれが私たちなのだ。
「乾燥してるのかもね。一旦、ストーブ消そっか」
「寒いだろう」
「大丈夫だよ。それに、少し空気も入れ替えないと」
私も幸村もそれぞれソファから身を起こす。ストーブを消して、窓を開けた。聖夜の街の冷えた空気が一気に流れ込んでくる。遮断されて窒息寸前だった四角い箱が酸素を大きく吸い込むように。深呼吸をすれば、私の肺にも幸せをまとった風が吹き込んだ。
「名前もなにか飲むか」
「私はお茶でいいよ」
「む、わかった」
コトン、とテーブルに置かれたグラスはとても涼しげで、隣で揺らめくキャンドルとは相容れない。幸村はさっそく自分のグラスを傾けていた。喉仏がごくりごくりと上下しながら透明な液体を流し込んでいく。
「シャンパン?」
「いや、シャンメリーだ」
「子ども用の? どうしてまた」
「酒では余計に喉が渇くだろう」
恥ずかしそうにそっぽを向く幸村に、頂戴、とそれをひと口ねだる。渡されたグラスに口を付ければ、炭酸特有のしゅわしゅわが舌を刺した。
「甘いね」
「子ども用だからな」
くつくつと笑って幸村はそれを一気に煽る。よく喉が痛くならないな、と思いながらも私は淹れてくれた緑茶をちまちまと飲んだ。
「あ、」
「どうした?」
「乾杯するの、忘れたね」
グラスが空になってからそんなことを思い出す。ああ、なんて云って幸村も空っぽのグラスを持ち上げる。軽く繊細な音が弾けた。
「メリークリスマス、」
大きな手のひらが頬に添えられる。グラスに口を付ける変わりとでも云うように、優しくその唇が触れた。その手にそのまま後頭部を抑えられて、髪を撫でらるその心地好さに私は目を細める。
自分からキスをしておいて、離れたあと顔を背けるのはいつものことで。幸村がそんなんだから私も照れて赤くなってしまう。顔が火照って仕方ない。
「好き、幸村」
恥ずかしさを紛らわすように彼の腕に顔を埋めた。そのままぎゅっと抱きしめられて息が出来なくなる。
「俺も、名前が好きだ」
耳元でそんな風に囁かれて、本人は意識していないのだろうけど私はもう心臓がもたない。苦しい苦しいと筋肉が綺麗についた腕をとんとんと叩けば、少し力を緩めてくれる。
「もう、幸せ」
顔を合わせて、へらりと笑った。幸村もそうだな、と小さく笑う。その片手がテレビのリモコンを探って電源を切った。急にしん、と静まり返った部屋は大きな明かりを無くして一際暗くなる。視界の端で点滅するクリスマスツリーが眩しくて目を瞑った。
「寝るか」
「ん、」
曖昧な返事を返す。ふっ、と幸村が一番大きなキャンドルを吹き消したのが判った。本当にこのまま寝てしまいそうだ。額に落ちてきた仄かな柔らかさを感じながら、大好きな人の腕の中で夢とうつつの境目をまどろんでいた。
リトル・ノエル
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20101205