「お団子、好きなんですね」

偶然寄った甘味屋で団子を三十本頼むと、柔らかい声とともにゆるりと微笑まれた。

その女子の立ち振る舞いに俺はしばらく声が出せず、目をぐるぐると彷徨わせるばかりで。何も答えない俺に、この店の売り子らしき彼女は団子の乗った皿を俺の前に置くと他の客の注文を取りに行ってしまう。

その後も、美味いはずである団子の味が判らなくなるくらい俺の目線は無意識に、忙しなく働く彼女を追っていた。


「団子は三度の飯よりも好きでござる」

勘定をする際に思い切って話しかけてみると、彼女は一瞬なにか考えるような素振りを見せるとああっ、と嬉しそうに小さく声を上げた。

「何も仰らないから嫌いなのかと思いましたよ」
「まさかそんなことを訊かれるとは考えていなかった故」
「それは申し訳ないことをしてしまいました。お団子三十本なんてそうそう頼む方はいらっしゃらないので」

本当に平らげてしまったんですね、と何も乗っていない皿を見て柔らかい笑顔が云う。顔が意に反して熱くなるのが判った。

「ま、誠、美味でござった」
「お粗末様にございます」

丁寧に頭を下げられ、俺も倣って会釈をする。彼女の綺麗な髪が俺の心の臓をくすぐるようにはらりと揺れた。

「また、来て下さいね」



それからというもの、彼女のいる甘味屋に行き付けるようになったのだが、如何せん少々遠いのである。

しかしあの笑顔を見ることができるのならそんな時間も惜しくはないと思える。これが「恋」というものなのかと納得さえしてしまった。



「幸村様は城下に良い人でも出来たのかしら」

鍛錬を終えて部屋へ戻る途中、聞こえたことばに思わず足を止めた。女中の立ち話だろうか、楽しそうな声ではしゃいでいる。

「それが城下ではなくてもっと南下したところにある甘味屋の娘だとか」
「そうなの! あぁ、だから最近馬を出すことが増えたのね」

どきりと心の臓が跳ねた。何故知られているのだろうか。

「……そなたら、」
「まあ、幸村様! しっ失礼致します」
「失礼致しますっ」

俺が声を掛けると驚いたのか、頭を下げてそそくさと逃げていってしまった。一体、どういうことなのだ。

「どうしたの旦那、随分浮かない顔してるねー」

縁側で悶々と先ほどの女中の話を頭の中で繰り返しているとへらりと笑った佐助が庭から俺を見ていた。

「いや、何でもござらぬ」
「もしかして甘味屋の売り子さんのこと?」
「お前か佐助えええ!」
「はあ? なにが」
「今しがた女中が俺に、その……い、良い人、が出来たのかというようなことを話しておったのだ……!」

忍の佐助なら知っているのも無理はないように思えるが、それを云い降らしているとはけしからぬ。しかし、大声を上げた俺に佐助は失礼にも吹き出した。

「あのねえ、誰だって最近の旦那見てたら嫌でも気付くって」
「……どういうことだ?」
「判り易すぎる、ってこと。あんなに熱心に通ってたら誰かしらに見られるさ。もう城の殆どの者が気付いてると思うよ」

それに、と佐助が続ける。

「馬を走らせて帰ってきた旦那の顔といったら」
「か、顔……?」
「自分で判ってないの? そりゃあもう嬉しそうな顔しちゃってさ」

反射的にばっと自分の口元を覆った。彼女と沢山話せた日などは特に頬が無意識のうちに緩むのだ。

自分に行いに非があったなどとは思いもしなかった。恋慕とはなんと、なんと恐ろしい。

「佐助、馬の準備をしてくれ」
「ええっ、云った傍からそれ? それくらい熱心に執務もこなしてくれると有難いんだけど」
「そうか……団子代は後でお主の給料から」
「待った待った! 判りましたよ!」

慌てて厩に飛んでいった佐助を見送りつつ、らしくもなく溜め息を吐いた。

まさか城の殆どの者に俺のこの恋が知られていようとは。本当に密かに、想い始めたばかりだというのに。

こうなってしまえば、一刻も早くこの気持ちを伝えずにはいられなくなる。



逸る気持ちを抑えつけながら馬を走らせれば、甘味屋につく頃には夕暮れ時となっていた。

「いらっしゃいませ、幸村さん。お団子何本お持ちしましょうか」

ふわりと微笑む彼女にどくどくと胸の奥が騒ぐ。血液が早急に身体を巡る。

「今日は、団子ではないのだ」
「あら、珍しいですね。では大福か、それとも」
「い、いや。名前殿に、用があって」
「へ? 私に……ですか?」

目を丸くして首を傾げるそのなんと可愛らしいことか。もはや抑えることが困難となったこの想いの丈を、彼女に告げた。

「お慕いしておりまする」
「えっ……」
「名前殿、そなたを好いておるのだ」

愛しくて愛しくて仕方がないのだと、その淡い存在を確かめるように抱き締める。腕に収まる小さな身体はかちりと固まってしまっていた。

「ゆ、ゆき、むらさん、こっ、ここお店」
「構わぬ」
「私、仕事がっ……」

耳まで真っ赤にして上擦った声を出す彼女に胸が締め付けられるようだ。

「名前殿のこころの内も聴かせては貰えぬだろうか」

薄い背に回した腕に、更に力を籠めれば、彼女はゆっくりと頷いた。




恋すてふ
わが名はまだき
立ちにけり
人知れずこそ
思ひそめしか

(壬生忠見 拾遺・恋一)


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