世間はちょうどランチタイム。インターホンが鳴ったと思えば、なぜか俺が玄関に駆けつけるより先にドアが開いた。

呆気にとられる俺を尻目にずかずかと上がり込んで来たのは名前だった。

「おじゃまします」
「ちょ、ちょっと!」
「なに」
「いやいや、なに勝手に入ってきてんの」
「いいでしょう、別に」

それとも女の子でも連れこんでたの? と底意地の悪い笑みを薄く浮かべられる。

「そんなわけないでしょ」
「ならいいよね」

靴も揃えず無遠慮にリビングへと上がって、彼女はソファに寝転んだ。本当、相変わらずだ。

それに、俺が名前以外の女の子を家に連れ込むわけがない。それを名前は本気で判っておらず、素で先ほどのようなことを云うのだから報われない。

「で、何しに来たの」
「特に用はないんだ」
「あのねえ……俺様も暇じゃないんだからね」
「佐助の家は居心地が好くて」


そう云いながらも華奢な手はテレビのリモコンに伸びる。寝転がりながらテレビ。なんてだらしない。

「何か面白い番組ないかな」
「そんなの名前のほうがよく知ってるんじゃないの」
「いや、最近テレビ見てなくて」
「……もしかしてさ」

自然と声のトーンが落ちる。それに気付いているのかいないのか、名前は悪びれた様子もなく無気力なその目をこちらに向けた。

「バイト、クビになっちゃった」
「もう何度目だよ」
「やっぱり飲食店なんて向いてなかったんだ」
「まずひとり暮らしがアンタには向いてねえよ」
「まあまあ、そう怒らないで」

電気も水道もガスも止められちゃって死にそうだったんだ、とのたまいながらも目線はテレビのまま。呆れた。

「お腹が空いた、佐助」

そう、所詮名前にとって俺は「お金がない時に飯をまかなってくれる友達」でしかないのだ。

溜め息を吐き出しつつも作ってあげちゃう俺様もつくづく甘い。


冷蔵庫にあるもので適当にふたり分の昼食を作ることにした。ちょうど麺があるからトマトソースのパスタにしよう。

こうして有り合わせで出来たパスタと冷たいお茶をテーブルに並べた。名前はと云えば未だテレビを見ながら足をぱたぱたと弄んでいる。

「名前、お昼ご飯出来たよー」
「あぁ、ありがと。ちょっと待って」

口ではそう云いながらもソファに寝そべったまま、目線もテレビに釘付けだ。

まったく、こんな女の子を好きになるなんて俺様も物好きなこって。

「ねえ」
「もう、待ってって」
「名前ってば」
「う、わっ、なに!」

こうなったら強行手段。そう思い、ソファに乗り上げる。ぎしりと軋むのもお構いなしに俺は名前の上に覆い被さった。

「さ、佐助っ」
「そんなに面白い? テレビ」
「やめ、離れ、て」

騒ぐ名前の口を俺の口で塞ぐ。うんうんとことばにならない声を上げて抵抗したって、そんなものは逆効果だ。

長い口付けから解放してやれば、名前は酸素を求めて深く息を吸い込んだ。

「……はっ、なん、なの」
「あんまりつれないもんだからさ」
「だ、からって、こん、な」
「こんな、なに?」
「こ、こんな……き、キス、とか」

俺を睨み付けていた瞳は急に勢いを失くして戸惑いの色を見せる。

良い気味だ。そうやって、俺のことだけで頭がいっぱいになってしまえばいい。

「いいじゃん、キス」
「よ、良くない……っ」
「少しは反省したらいいんじゃない? 嫌なことでもされてさ」

かぷり、と甘く首筋に噛みつく。同時に驚き跳ねる肩が愛しい。

「さ、すけ……」
「んー?」
「反省、できないよ」
「はあ? なんで」
「……佐助にされること、少しも、嫌じゃないんだ」

ことばの意味を呑み込むのに数秒の時間を要した。顔を上げて目を合わせるようにすれば、ふいと逸らされる。

その目元も、頬も、のぼせたみたいにまっ赤だ。

「名前?」
「で、でも、恥ずかしいから、もうやめて」
「そんな可愛いこと云われたらやめられなくなっちゃうって」

顔にかかった髪を避けてやって今度は優しく唇を落としていく。額に。瞼に。頬に。そして唇に。

鼻先がくっつくような距離でにこりと笑ってやれば、名前は遠慮がちに口を開いた。

「……私が、こんなにだらしなくなったのは佐助のせいなんだから」
「え、俺様?」
「なんでもかんでも世話焼いてくれるし、それでいて優しいし」
「べた褒めだね」
「べた惚れなんだ」

これ以上の殺し文句、きっとない。こんな私でも好きになってくれますか、なんて改まっていう名前が、愛しくて愛しくて仕方がないというのに。

パスタ温め直さないとな、なんて頭の隅っこで考えながらも、名前を逃がさないようにそのまま腕の中に閉じ込めた。

「俺様は愛しちゃってるよ」




白昼夢に沈む
よついさまリクエスト「現代設定で無気力少女に片想いする世話焼き猿飛の甘いお話」より。


十万打感謝
20100915
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