そよそよと涼しげな風が制服のスカートを撫でた、いつも通りの昼休み。

ただひとつ違うのは、屋上にはたったひとり私だけということだ。

今ごろ購買にて争奪戦を繰り広げているであろう彼らを思えば、微笑ましいことこの上ないのだけれど。

いつもいっしょにそれを待っていてくれるかすがやお市までもがどうしてか、今日は不在だった。

まだまだ夏の影が残るまっ青な空に、肺に溜まった二酸化炭素を吐き出した。



しばらくして響いてきた階段をのぼる音。しかし、トントンと鳴るそれはたったひとつだけだ。

あれ? と首を傾げると同時に開いたドアから顔を出したのは幸村くんひとりだった。そして彼もまた不思議そうに辺りを見回す。

「……名前殿、おひとりで御座るか」
「幸村くんこそ、佐助くんや政宗くんはどうしたの?」
「い、いや……。先に屋上へ向かっていると云っておったはずなのだが」
「そうなの? 誰も来てないけど」

そこまでことばを交わして、浮かんだひとつの仮定に私は呆れの溜め息を零した。

「また何かたくらんでるんだね、きっと」
「む、そうかもしれぬ」
「本当、悪知恵ばっかり働く人たち」

今回は私と幸村くんは除け者だね、とわざとふざけた調子で云えば、幸村くんは難しい顔をしたまま曖昧に頷いた。

「さきにお昼食べちゃおっか」

お弁当箱を軽く持ち上げる。そうでござるな、と笑って答える幸村くんはどこか歯切れが悪い。

向かい合わせに座って私はお弁当、幸村くんは購買での戦利品を広げる。

その間、とくに話すことがなくて何となく気まずい空気に落ち着かない。

それもそのはずで、おそらく幸村くんは女の子があまり得意ではないのだ。

普段、佐助くんや政宗くん、慶次くんたちといっしょにいる幸村くん。そこにかすがやお市、私も入るのだけれど、基本的に彼は女の子と進んで話したがらない。

正確には「私と」話したがらないようにも見える。少し自意識過剰なのかもれないけれど、そう思えてしまって仕方がないのだ。

と云うのも、私自身が他ならぬ幸村くんに想いを寄せているからで。

目線を逸らされたり必要以上にどもられたり、さすがに傷つくというもの。

だから、幸村くんとふたりきりになれるのが嬉しくないと云ったら嘘になるけれど、やっぱりこころ苦しさのほうが勝る。

今だって幸村くんは私のほうを見ようともしないのだから。

「こないね、佐助くんたち」
「う、うむ」
「かすがとお市も何してるんだろう」
「そうで御座るな」
「……」
「……」

苦し紛れに出した話題もぱたりと止んでしまって、とうとう私は哀しくなってくる。

さっさと食べ終えて教室に戻ろう。かすがたちに会ったら、一体どこに行っていたのだと問い詰めてやるのだ。そうこころに決めて箸を動かす手を早める。

ちらりと幸村くんを見やれば、なんともう彼は購買での戦利品たちをあらかた平らげているではないか。

「幸村くん、もう食べ終わったの?」
「う、うむ。腹が減っていた故」
「幸村くんらしいね」

ははっ、と笑って私がそう云うと、幸村くんは恥ずかしそうに俯いてしまった。

「先に教室戻っててもいいよ?」
「えっ、いや……」
「だって、私が食べるの待っててもつまらないでしょう」
「そ、そんなことは御座らんっ」

ばっと顔を上げて、あまりに切実な声で云うものだから、私は危うくお箸でつかんでいた卵焼きを取りこぼしそうになる。びっくりした。

「そ、そう?」
「ま、待っている故、名前殿は気にせず食べていて下され」
「う、うん」

判らない。無理しないで教室に戻ってくれたほうが私も気が楽になるのにな、と思ってしまう。

幸村くんと少しでもいっしょにいれたらとも思うけど、彼が楽しくないのならそのほうが断然良い。

私は味わうのもそこそこに急いでお弁当箱を空にした。

ごちそうさま、と小さく呟いて広げていたそれらを片付ける。その一部始終を見ていた幸村くんに、もう行こうかと声をかけて立ち上がった。

いつもなら予鈴を聴いてから教室へと戻るのだけれど、こんな状態で屋上にいたって仕方ない。

幸村くんも背後で立ち上がったことを確認して、屋上の出口へと向かった。

「ま、待って下され……!」

ドアノブに手をかけようとしたところで突然、後ろから包まれるように抱きしめられる。

心臓が止まってしまうんじゃないかと本気で思った。

「某、先ほどからいろいろと考えておったのだが」

「ゆ、幸村、くん?」
「そ、そのっ」

切迫詰まったような、苦しそうな声が鼓膜を震わす。胸がぎゅううと締め付けられるようで、私は思わずきつく目を閉じた。

「好きだ、名前殿が」

耳元で聴こえた、信じられないようなそのことば。幸村くんの表情は見えないけれど、きっと私はとにかくまっ赤に違いない。

「やはり、抑えきれぬ」
「ゆ、幸村くん」

名前を呼ぶと、返事の代わりとばかりに私を抱きしめる腕に力がこもった。そのあまりにも強いものだから、私は小さく笑いを漏らしてしまった。

「苦しいよ」
「すっすまぬ!」

慌てて離れる幸村くんに、しかし私はそれを彼の腕を捉えることで阻止した。掴んだ腕は私のものの比じゃないくらい、逞しくて。

「名前、殿?」
「ごめんね、嬉しくて」

照れ隠しからか、純粋に嬉しさからなのか、もしくはそのどちらもか。私の頬はゆるゆると緩んでいってしまう。

「私も、幸村くんが好き」
「ま、誠にござるか……?」

私を避けているかのような一連の行動は全部彼が意識しすぎていた故なのだと、そう理解すると途端にそれらが全て愛しく思える。

それもこれも、こうやってちゃんと向き合える機会があったから。とは云え佐助くんたちには気恥ずかしくてお礼なんて口が滑っても云えないけれど。

「もう少し、ここにいよっか」
「名前殿さえ良ければ」

心地好い温もりを縫うように、秋を含む風がふわりとふたりの間を抜けていった。




恋に凪ぐ
あやさまリクエスト「学パロで武田軍の誰か」・ハルさまリクエスト「学パロ真田でほのぼのもしくは甘いお話」より。


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20100914
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