さらり、木々がそよぐ。桜がひらひらと舞っていた頃の面影はもうない。若葉色から零れる木漏れ日が眩しい。

その下を、手を繋いでふたりで歩く。

「名前殿」
「うん?」
「ケーキを買っていくと、云っていなかったか」
「あ、忘れてた」

へへ、と笑う彼女は出会った頃の印象よりも、幾分か幼い。それでも、高校生の俺なんかよりは全然大人だが。

「佐助くんは、何が好きかな?」
「佐助は甘くないものが良さそうだが……」
「かすがもそんな感じだから、ふたりとも同じのでいっか」

桜並木を反れたところにある、小さなケーキ屋に向かう。品揃えも豊富でとても美味しいのだ。

自動ドアをくぐって、きらきらと光るショーケースを覗き込む。名前殿がわあ、なんて小さく声をあげた。

「私、モンブランがいいな。幸村くんは?」
「俺はショートケーキで」
「ショートケーキも美味しそう」
「うむ。佐助とかすが殿はショコラで良いかもしれぬな」
「ショコラ? 甘くない?」
「ここのは苦めなのだ」

俺と名前殿は甘いものが大好きで、佐助やかすが殿とは正反対だ、と思う。いつだったか、名前殿は佐助と趣味が合うと云っていたが、俺たちも大概、趣味が合う。

名前殿がケーキを注文して、それを受け取る。俺の右手にはケーキ、左手には彼女の右手。幸せだ。


「ひっ!」

突然、名前殿が悲鳴を上げた。驚いて思わずドサリと右手のものを落としてしまう。どうしたのか、と問いたいところだが、腕にじがみつかれて、こう……とにかく、身体が密着しすぎなのだ。叫び出してしまいそうな声帯をこころの中で叱咤する。

「う、あっ……、名前、殿」
「ゆゆゆ幸村くんけむし!」
「け、毛虫…?」
「踏みそうだったから!」

あああきもちわるい! と名前殿は青ざめている。毛虫は大丈夫だ。大丈夫なのだが、そろそろ離れてくれないと心の臓が持ちそうにない。

「そ、その、名前殿」
「ああ! 幸村くんケーキ!」
「う、おっ!」

アスファルトに転がるケーキの箱に気付いたらしい、名前殿は離れるどころか俺の右手側を覗き込んできた。思わず足を引けば、カツンと箱を蹴ってしまった。危うく踏むところだったそれを、急いで広い上げる。

「も、もも申し訳御座らんっ」
「私のせいだよねごめんね!」
「いやっ、これは俺が」
「ううんっ。私がいきなり変な声出したりしたから、びっくりしたんでしょう?」
「え、えっと」

正しくは、抱きつかれたから、だ。とりあえず、名前殿の肩をそっと押し返して、密着していた身体を離す。顔の火照りは当分冷めそうにもない。

赤いであろう顔を誤魔化すようにして、彼女の右手を再度とった。

「もう、大丈夫で御座るか」
「あ、うん……ありがとう」
「佐助もかすが殿も待っているであろう、行きましょうぞ」

もう二度と毛虫が出てこないことを願いながら、再び木漏れ日の中を歩き出す。心臓がいくつあっても足りぬ。



「佐助、戻ったぞ!」
「あ、おかえりー。名前ちゃんも、いらっしゃい」
「お邪魔します」

佐助に買ってきたケーキを渡して部屋に上がれば、かすが殿がリビングでくつろいでいた。テーブルにはレポート用紙や筆記用具が広げられている。最近、このふたりは以前にも増して仲が良い。

「真田、邪魔している」
「いらっしゃいませ、かすが殿」
「かすが、なにしてたの?」
「佐助に課題を手伝ってもらっていたんだ」
「え、ずるい」

レポート用紙に目をやれば、俺には理解し難いことばが並べられていた。大学生は大変だ。

「ほら、お茶入れるから、旦那と名前ちゃんは手洗って! かすがはテーブルの上、かたづけてね」
「佐助くん、お母さんみたい」
「うるさい!」

からからと、鈴を転がすように名前殿が笑う。かすが殿もくすりと笑った。


手を洗って、テーブルにはすでに紅茶が4人分並べられていた。椅子に座ると、佐助がケーキの箱を開く。そして、俺を睨んだ。

「ねえ、ケーキぐちゃぐちゃなんだけど」
「そっそれは俺の、う、腕がだな……!」
「違うの! け、毛虫がね……!」
「いや、ふたりとも意味判らないから」
「まあ、食べれなくはないだろう」
「うーん、かすががそう云うなら」

形の崩れたケーキをそれぞれの皿に乗せる。甘い匂いが漂った。いただきます、とみんなで声を揃える。

フォークで崩れたショートケーキを口に運べば、ふわりと甘い味が広がる。

「幸村くん、モンブラン食べる」
「よいので御座るか?」
「うん。はい、あーん」
「なっ……!」

狼狽する俺に、口開けて? と名前殿が首を傾げる。恥ずかしいが、開けざるを得ない。

出来るだけ、名前殿の顔を見ぬようにして口を開けた。さらりとした舌触りを感じる。

「美味に御座るな」
「ショートケーキも貰っていい?」
「まったく、ラブラブだねえ。はい、かすが。あーん」
「阿呆! そもそも私とお前は同じケーキじゃないか!」

佐助とかすが殿の会話を聞きながら、名前殿の口元にショートケーキの乗ったフォークを差し出した。

ぱくり、小さな口がフォークの尖端を呑み込む。やわらかそうだ、と思った。

ケーキの欠片を嚥下して、美味しい! と幸せそうにはにかむ名前殿。それ見た瞬間、俺の身体は勝手に動いていて。

「わお」
「なっ……!」

やるねー、旦那。やっぱり男は皆、狼なんだな。佐助とかすが殿が口々になにか云うが、耳からすべて抜けていく。

「甘い、」
「ゆ、ゆゆっ、幸村くんいま…!」
「ごちそうで御座った」

触れるだけの接吻が、こんなにも特別で、極上なものだったとは。





後書きに代えて、
僕らの行方。

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