そういえば最近、近くにすごく大きなショッピングモールができたんだよね。そんな話をしたら、幸村くんが、いっしょに行きませぬか、と行ってくれた。
行きたい! ともちろん、ふたつ返事で返したのだけれど。
なんだか、デートみたいで。
いろんなお店をまわっていても、私はさっきから落ち着かない。私服姿の幸村くんはいつもより大人びて見えるし、実際とても格好良い。
その整った顔をこちらに向けられると、どうしたらいいのか判らなくなる。私なんか、釣り合わないんだろうな、と思うと少し切なくなった。
「名前殿」
春物のワンピースを見ていると、ふいに幸村くんが私の名前を呼んだ。それだけのことに、心臓が跳ねる。
「どうしたの?」
「すみませぬ。ちょっと、こちらへ」
「へ?」
手を引かれて、別のお店へ移動する。幸村くんはなんだか不機嫌そうだ。私、なにかしただろうか。
ふいに、角を曲がったところにある、アクセサリーショップの前で立ち止まった。
「幸村くん、あの、ごめんね」
「……何がで御座ろう?」
「疲れたでしょう? 私、服選びに夢中になってて」
「いや……」
幸村くんは目をぱちくり動かす。きょとん、としているその表情に、さっきの不機嫌さは無い。え、じゃあどうしたの?
「……名前殿はお気付きにならなかったので?」
「なにが?」
「……佐助と、かすが殿がいたのだ」
「ええっ?!」
「尾行など、趣味が悪う御座るな」
びっくりだ。つん、と怒る幸村くんもそうだけど、こんなところまで付いてきた佐助くんとかすがに。
「ふたりとも暇なんだね」
「そうで御座りますな」
からりと笑い合う。でも、そっか。じゃあ佐助くん、今はかすがとふたりきりなんだ。頑張れと、こころの中で呟いた。
「名前殿」
少し離れたところから声が呼んだ。振り向くと、幸村くんはいつの間にか、すぐ近くのアクセサリーショップに入っていた。
近づいて、幸村くんの持っているものを覗き込んだ。
「わ、かわいい!」
「こういうのは、好みで御座ろうか」
「うん、好きだよ」
きらりと光る、シルバーのネックレス。小さな桜の花びらが連なる、上品なモチーフが揺れる。あの、先日も歩いた桜並木を思い起こさせた。
「名前殿に、似合うと思って」
「えっ」
云うなり、私の首元に幸村くんの腕がまわる。近すぎるその距離に思わず一歩、後退してしまった。
「すみませぬ。少し、じっとしていて下され」
「う、あ……、はい」
再度、遠慮がちに伸ばされる手。かすかに首に触れるそれが、くすぐったい。金具が留まったのか、ゆっくりと手も、距離も離れていった。
「やはり、よく似合う」
優しく微笑む幸村くん。そっと指先で花びらをなぞると、ひやりとした感覚が伝わった。
「すみませぬ、彼女が今、付けているやつを下され」
近くにいた若い女の店員さんを呼び付け、幸村くんは云った。そのことばに私はぎょっとする。
「ちょ、ちょっと、幸村くん?」
「某から、プレゼントさせて欲しいのだが」
「でもっ」
「受け取っては下さらぬか」
「ほんとに、いいの?」
見上げれば、ふわりとした笑みが返ってきた。ありがとう、とその目を見返すせば幸村くんは、いえ、と謙虚に微笑んだ。
その様子を見ていた店員さんが口を挟む。
「そちらのネックレスですね。そのまま付けて行きますか?」
「はい」
「では、値札だけ切らせて頂きますね」
店員さんが、私の後ろに回る。ちょきん、と背後ではさみの動く音が聞こえた。そういえば、これ、いくらなんだろう。
「お会計はこちらで」
「名前殿はここで待っていて下され」
値段を私に知られないようにするための配慮なのだろう。すごく気になるのだけど、ここは、おことばに甘えて待つとする。
しばらくして、店員さんといっしょに幸村くんは戻ってきた。他のアクセサリーを眺めていた私に、店員さんはにこりと笑う。
「素敵な彼氏さんですね」
「か、かれ……?! い、いや」
「素敵な彼女に御座いましょう」
「は、ゆ、幸村くん?」
「そうですね。とてもお似合いですよ」
「それでは、失礼致す」
「ありがとうございました」
にこやかに会話を交わすふたりが、私には理解できない。え? 幸村くん、なに云ってるの?
行きましょう、と私の手をそれはもう自然にとって、幸村くんは歩き出す。その顔を直視できなくて、繋がれたふたり手に目を置く。
「ゆ、幸村くん! なに、今の」
前を歩く彼は何も云わない。
「冗談、やめてよ。それとも、からかったの?」
「……冗談でもなければ、からかってもおらぬ」
「幸村くん……?」
視線を上げる。空いているほうの手で、彼は口元を覆っているようだった。その顔は、後ろから見てもわかるほどに、真っ赤だ。
初めて会った時のことが蘇る。あの時も、彼は耳まで赤く染めて、慌てていた。
「幸村くん、かお真っ赤」
「み、見ないで下され」
顔を見られまいとうつむく彼が、すごく愛しいと感じる。今すぐにでも、その背中に抱きついて、好きだと伝えたい。
すうっ、と息を吸い込む音が聴こえた。
「名前殿、」
「……はい」
「某は……、いや、俺は」
「うん」
「名前殿が好きだ」
前を向いていた幸村くんが、こちらに振り向く。繋いでいた手に、さらにもう片方の手を添えて、私を真っ直ぐに見据えた。
「俺の、彼女になっては下さらぬか」
私は目の前の真剣な目を、見つめ返すことしかできない。頭が真っ白になって、ことばがなにも、浮かんでこなかったのだ。彼の瞳が不安そうにゆらめく。
ごめんね、でも、嬉しすぎて。
掴まれていた腕を引き込む。うわ、なんて云って、幸村くんの身体が傾いて。そのまま、私は力任せに抱きついた。
「う、あっ、名前殿!?」
ありがとうとか、私も好きだよとか、云いたいことはたくさんあるのに、溢れだす愛しさといっしょに流れていってしまう。あぁ、幸村くんが困ってる。
「な、泣いておられるのか……?」
そっと、背中に手がまわされた。それはとても、優しげに。
出逢ってから、まだ日は浅いけれど、素直で明るくて、初心だけどたまにすごく男の子らしい彼が、私は大好きだ。
さっきの彼と同じように、その腕の中で深く息を吸い込んだ。温かな匂いが鼻孔をくすぐる。幸村くん、と小さく名前を呼ぶ。ぴくりと、彼の身体が強ばった。
「私も、幸村くんが好きです」
「名前殿……!」
小さすぎる声が、彼にちゃんと届くのか心配だったけれど、返事の代わりにぎゅうう、と強く抱きしめられる。
「い、いたいよ、幸村くん」
「すっすみませぬ、つい!」
くすくす笑っていると、幸村くんの力がゆるんだ。幸せだな、と思う。ずっと、このままでいたい。
「ちょっと、おふたりさん」
呆れたような声に、現実に引き戻された。はっとして幸村くんも私から離れる。声の主を探せば、見慣れたふたりが目に入った。
「さ、佐助!?」
「旦那も、随分と大胆になったもんだねえ」
「なっ……!」
「ここ、通路のど真ん中だからね」
「まったく、見ているこっちが赤面するところだ!」
幸村くんをからかう佐助くんに、腕を組んでしかめっ面をするかすが。周りを見渡せば、何ごとかと立ち止まり、こちらに目を向けるお客さんたち。
かああ、と耳の裏で血液の流れる音が聴こえた気がした。穴があったら入りたいとは、こういうことを云うのだろう。
「もう、ふたりして顔真っ赤にして」
ため息をひとつついて、佐助くんが笑う。
「でもまあ、おめでと」
続けてかすがも、良かったな、なんて笑う。くすぐったいような、それでいて、ふんわり温かいような。祝福されて、改めて実感する。
「ありがとう」
私、幸村くんと恋人同士なんだ、って。そう云ったら、幸村くんは恥ずかしそうに、小さく笑った。
奏で叶えて
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