しばしの沈黙が私たちを包んだ。どうしよう、自分で云っておいてあれだけれど、もの凄く恥ずかしい。幸村も黙りこくってしまっている。

「そ、その……」
「……某、この身が無いことをこんなにも悔いたことは御座らぬ」

何か、何か云わないと逃げ出してしまいそうで。それは幸村も同じだったのか、意味を成さない私のことばを遮って口を開いた。上手な返事が見つからず、私は静かに口をつぐむ。

「触れられたら、どんなに良かったか」

幸村が自分の手に視線を落とした。紅く武装された、大きな手。決して触れることの出来ない手。

「私だって、幸村に触れたくて触れたくて、仕方ないんだよ」

その広げられた手をひとつ、両手で包む。冷たい。いや、私が熱いのか。もしくはその両方とも。

だけどね、とことばを続ける。

「幸村が幽霊でも私は構わないんだよ」
「名前殿……」
「触れられなくても、足音がしなくても、影が無くても、幸村に変わりはないんだから」

幸村がゆっくりと目線を上げるのが判った。けれど、私は顔を上げられない。ただむず痒くて布団の中でもぞもぞと足を動かす。こんなにも溢れそうな想いを等身大で伝えられないことが、もどかしい。

「私は、『今の』幸村を好きになったんだよ」

彼が生前、どんな風に生きてきたのかなんて私には見当もつかない。戦で幾人もの命を奪って、奪われて。それでも判るのは、幽霊になっても優しくてあったかくて、強い人だということ。

「某には、勿体無いおことばに御座る」
「そんなことない」
「しかし、嬉しくて仕方がないのだ」

ふわりと柔らかい幸村らしい笑顔だった。私はそれだけで自分でも驚くくらい安心できるのだ。

「某も名前殿をお慕いしております」

ほんのりと目元を赤く染めて、幸村が大切に大切にことばを落として紡いでいく。その一音一音が愛しい。息継ぎすら、ひとつも逃してしまわないように、私は何も云わずに彼の声に耳を傾けた。

「もうこの世に在らざるべき者が、人間に恋焦がれるなど、なんと愚かで浅ましいこと。しかし、抑えられぬのだ」

包んでいた手が私から離れ、そのまま背に回った。片方の手のひらが後頭部に当てがわれているのが判る。さらりと髪を撫でられる感覚に目を細めた。

「そんな俺を受け入れてくれた名前殿が好きだ。物知りで知的な名前殿が好きだ。優しくて可愛らしい名前殿が好きだ。……名前殿のすべてが愛しいのだ」

これ以上の愛のことばがあるだろうか。今はどれだけ凝った口説き文句を聴いたとしても、きっと霞んでしまうだろう。きっとこんな気持ちをくれるのは幸村が最初で最後だ。そう思ったら胸がひどく苦しくなった。

「そんな恥ずかしいこと、よく云えるよ」
「思ったことをそのままことばにしたまで。恥ずかしいことなど微塵も御座らぬ」
「そういうところが恥ずかしいんだって」
「それは名前殿が照れておられるのであろう?」

くすくすと幸村が耳元で笑う。その度に震える空気がくすぐったいのだが、身を捩ることもできない。

「……それなら私も、幽霊に恋しちゃうなんて相当な愚か者だね」
「似た者同士に御座るな」

この恋は誰にも公言することは叶わないけれど、それでいい。ふたりだけの秘密で、ふたりだけが知っていれば充分だ。ふたりだけの、恋なのだから。

「そうだ、新しいマグカップを買ってきたんだった」

脳裏に浮かんだ赤と茶色。せっかくだから幸村にも使ってほしい。

「ホットココアでも淹れよっか」
「ほっとここあ?」
「甘いもの、好きでしょう?」

カタチだけなのはお互いに重々承知だけれど、それでも何かを共有できるのはとても嬉しいことだと知ったから。

まだ少し重い身体でベッドから降りて、引きずるようにリビングへ向かう。時折、ふらりと足が浮わついた。

「大丈夫で御座るか?」
「うん。平気」
「無理はしないで下され」
「してないよ」

君との心地好い時間を少しでも感じていたいのだ。




ぽとり、紡いで。

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