身体が重い。ゆっくり目を開くと、ぼやけた視界の中で心配そうにこちらを伺っている幸村が見えた。
目が合うと、勢いよく逸らされてしまった。
「目を、覚まされたか」
「幸村がベッドまで運んでくれたの?」
「う、うむ……」
「ありがとう」
「いえ……」
掠れた声で笑いかけると、幸村はどこかバツの悪そうな顔をした。なんだろうか。途中で落とした、とか? けれど少し頭痛がするくらいで特別痛いところはない。
「重かったでしょ」
「そっそんなことは御座らぬ」
冗談混じりに云うも、一向に視線は合わせてくれないらしい。ただぶんぶんと頭を横に振って私のことばを否定した。頭、とれちゃいそう。
もっとちゃんと幸村の顔を見ようと、天井を向いていた首を動かす。そこで初めて額に濡れたタオルが乗っていたことに気が付いた。これも幸村がやってくれたのかと思うと、私の頬は緩むばかりだ。
「熱、あった?」
「判らぬが、ひどく熱かった故」
「そっか。ありがとう」
「いや……」
「あと、ごめん。体温計取ってもらえるかな。一応、計ってみる」
そこにあるから、と棚の薬箱を指差す。棚へ近づく幸村は、しかし体温計がどういったものなのか判らないらしい。
「た、たいおんけい?」
「それ、その透明な入れ物に入ってるやつ」
「これで御座るか?」
「それは目薬。細長いやつ」
「これか、」
「うん、それ」
ありがとう、と受け取って体温計をケースから取り出す。熱を計るために少し身体を起こして、はっとした。私、部屋着になってる。
「幸村」
「う、いや、その」
「私、いつ着替え……」
「あああの、すっすすすまぬうう!」
「……」
私のことばを遮っていきなり謝ってきた幸村は、それはもう身体中の血液が沸騰してるんじゃないかってくらいにまっ赤になっている。
「そっその、なんせび、びしょ濡れだったゆえ……!」
「……見た?」
「きょっきょく、極力みっみみ見ないようにはしたのだが、あああのっ」
「見たんだ」
「しっ、叱って下されえっ!」
目をぐるぐる回しながら土下座して顔をあげない幸村に、恥ずかしさなんかよりもとにかく愛しさが溢れた。
ベッドに放り投げてあった部屋着を、顔をまっ赤にして悪戦苦闘しながら私に着せているところが目に浮かぶ。叱る理由もないし、叱れるはずがない。
「顔上げてよ」
「そそ、そのっ、それがしっ」
「うん、いいから」
幸村の顔が見たいんだよ、と云えば、未だに赤い顔をゆっくり上げてくれた。その目は心なしか潤んでいる。
「す、すまぬっ」
「謝ることないよ。仕方ないじゃん」
「う……」
「濡れたままベッドに押し込まれるほうが嫌だよ」
ね、と出来るだけ優しく笑いかける。幸村は一瞬だけ私の目を見ると、ぎゅっとその瞼を閉じた。
「ち、ちが……」
「なに?」
「違うのだっ!」
違う、ってなにがだろうか。なにも違うことなんてないのに。とりあえず、黙って次のことばを待つ。
「名前殿の、そのっ、ははは裸を見てしまったのがい、致し方ない、のは、そのとおりなのだが」
「うん」
「もっ、問題は、おおお俺がそのっ、」
上げられた目線にどきりとした。なんて顔をしているんだ。
「名前殿に、……名前殿の身体に、触れたいと思ってしまったことなのだ」
今にも泣き出しそうな声に彼自身が戸惑っているように思えた。握手さえ「破廉恥」だと拒んだ彼が、私の身体に触れたいと云ったのだ。今度は私が幸村から目を逸らす。
「名前殿をかような不埒な目で見たこと……その、幻滅したであろう?」
不安そうな声に私は首を小さく横に振った。逆だ、幸村。私は、嬉しいんだ。
「いいよ」
「なっ……!」
「私は、幸村になら見られてもいいし、触られてもいい」
幸村の焦げ茶色をした目が、大きく見開かれる。
「私、幸村が好き」
だって、愛しくて愛しくて、たまらないのだ。
どくり、高鳴る。
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