散らかったリビングで朝ご飯を食べ終えて、顔も洗って。幸村がぼさぼさだと笑った髪も綺麗に整えた。

「さて、始めますか」

うむ! と元気の良い返事を皮切りに片付けに取り掛かる。この際ついでに普段掃除しないところなんかも綺麗にすることにした。もはや大掃除だ。

幸村が掃除を手伝ってくれると、大変助かる。私が指示をすれば、不器用ながらもまるで意思のある無重力空間のように、ふわふわと物を運んでいってくれる。こういうところでしか私は、彼が人ならざる者であることを、実感出来ないのだから不思議だ。

私に取り憑いた幽霊、真田幸村。彼は400年の時を彷徨う戦国武将の魂だ。単純なのかと思えば、しっかりと色々考えている事もあるし、堅実で生真面目なのかと思えば、こんな無邪気で悪戯な面もある。

私はそんな彼に、惹かれて始めていた。

ことばの上では「罰」となっている部屋掃除を一生懸命にする幸村。私はいつしか彼が居ることが当たり前になって、彼をその目で無意識に追うようになっていた。

それはとても良いことで、悪いことだ。

絶対に結ばれることのないこの想いの丈は一体、どこへ逃がせばいいのだろう。彼を現世の呪縛から解き放つために協力すると云ったはずなのに、その私が彼が姿を消して見せただけでこんな状態。救ってあげるはずが、何がどうしてこんなことになってしまったのか。私には皆目見当も付かなかった。

しかしそんなこと、誰にも相談など出来るはずがない。ましてや幸村本人などに知られてしまえば、彼は今度こそ私から離れていってしまうかもしれない。

何も悟られたりしないよう、掃除を続ける幸村の傍らで私ももくもくと片付けを続けた。



刹那、弾けるような甲高い音が狭い部屋に轟く。突然の事に引き出しの整理をしていた手が止まった。まさか、と心の中で深呼吸をしてゆっくりと振り返る。ああ、そのまさか。

「も、申し訳御座らぬ……」

お気に入りの愛用マグカップだった。上品で可愛らしかったそれは、見るも無残に砕け散っていて。わざと盛大な溜息を吐けば、うっ、と幸村が今にも泣き出しそうな目で私を見る。

「大丈夫? 怪我、無い?」

云って、それがとても可笑しな質問であることに気が付く。変な話である。幽霊が怪我をするわけがない。

「い、いや……某は大事御座らぬが……」

なんて、まじめに答える彼自身も、もしかしたら自分が幽霊であることを、忘れているのかもしれない。

四方八方に散らばってしまった危険物を箒で集める。こうなってしまったらただのゴミも同然、廃棄物行きだ。お役目御免となった陶器の破片を塵取りに掃き溜めてごみ箱へと滑り込ませた。

「その湯呑み……名前殿が気に入っていたもので御座ろう……?」
「そうだけど、仕方ないね」
「名前殿……」

心底申し訳なさそうにしゅんとする、幸村の頭に手を乗せる。彼がそうしてくれたように、そのまま優しく茶けた髪を撫で付けた。

当然ながら感触はない。でも体温だけは感じ取れる。きっと小さな子どものように柔らかくてふわふわなんだろうなと目を細めれば、当の幸村は撫でられたことに驚いたのかその身に纏う赤と同じくらいに顔を染めて固まっていた。

相変わらずだ。そんなところが可愛い、と思うのだけれど。

「掃除、終わらせちゃおう」
「お、お怒りではないので?」
「怒らないよ、云ったでしょう。仕方ないって」
「しかし……」
「幸村、形在る物はいつか壊れる」
「名前殿…」
「それが少し早まっただけのことだよ」

幸村、形在るモノはいつか壊れる。きみがそうだったように。勿論、私だっていつかは。それが、この世の道理なのだから。

「ほら、休んでないでそれこっちに持ってきて!」
「わっ、判り申した……!」

大きく頷いて、指示したものを取りに行く彼の後ろ姿を見て、思わず笑みが零れた。健気だな、なんて。私も少しは見習わなくては。




ぱきり、壊された。

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