行きたいところがあるんだ、と彼を連れて来たのは細い路地にひっそりと佇む小さな雑貨屋。可愛らしい女の人が個人で運営していて、やっぱり可愛らしく趣味のいい小物や文房具が置いてある。あまり高い物は置いていないし、何よりこのお店の雰囲気が好きで私はよく買い物に来ていた。

「ここだけ、外とは別の世界のようで御座るな」

アンティークなものに見慣れていないのだろう、幸村がぽつりと零した。大きな瞳をころころと動かしながら忙しなく周囲を見回す彼が可笑しくてたまらない。

「して、なにを買いに来たのだ?」
「えーと……。ああ、これ」

手に取ったのは手作り感の溢れる、ふわふわとした小さな虎のぬいぐるみ。このお店にある干支のぬいぐるみのひとつで、黒くて大きな目がとても愛くるしい。犬も捨てがたいけれど、やっぱり虎がこの青年には似合う。

「確か、武田信玄公って『甲斐の虎』なんて異名があったよね」

ひょい、と幸村の目の前にぬいぐるみを突き出す。一瞬、びっくりして目を見開くものの、すぐに嬉しそうに頷いた。

「よく、ご存知なのだな」
「一般常識だね」
「おおっ、流石はお館様に御座る……! その異名までもを後世に深々と刻み付けておられるとは!」

嬉々としてはしゃぐ幸村に苦笑しつつ、私は、それにね、と続ける。ぬいぐるみを凝視していた大きな瞳が私へと視線を移した。

「この子、幸村に似てるでしょう?」
「そ、某に……?」
「うん。ずっと、このお店のぬいぐるみに似てるなって思ってたんだ」
「こやつ、ぬいぐるみ、と申すのか」
「そう。縫って綿を包んであるから『縫い包み』。一番初めに作ったのは異国の人だよ。人形って云えば判る?」
「……某の知る『人形』とは似ても似付かぬが」

眉を少し顰める幸村の脳裏には、きっとまっ黒な髪に白い陶器の肌を持つ、あの日本人形が浮かんでいるのだろう。そんな彼を横目に、これ下さいと店の奥のレジにぬいぐるみを持っていく。いつもありがとう、なんて笑って女の人は可愛い袋にそれを包んでくれた。

「幸村は本当にお館様のことが好きなんだね」
「うむっ!」
「お館様は甲斐の虎、じゃあ幸村は?」
「某は『虎の若子』、『紅蓮の鬼』などと呼ばれていたな」
「鬼? 幸村が?」
「何でも戦場を駆けるそれが鬼のようだ、と。戦莫迦と云われていたくらいで御座る」
「戦が、好きだったの?」
「お館様のお役に立てることが嬉しかったのだ」
「そう……」

以前、私には見せたくない、と云っていた彼の戦場。どんなものだったのか平和な世で生きてきた私の頭では想像することもままならない。でもそれは、戦国の世で生きてきた彼らの使命だったのだ。

やっぱりこの虎のぬいぐるみは幸村にぴったりだ。虎の若子、だなんて。こころの中でだけ呟いてぎゅ、とまっ赤な袋に包まれたそれを抱きしめた。口を閉めるために結ばれた蝶々結びのリボンがくすぐったい。

過去(と云っても彼にとってはつい最近なのだろうけど)を見る幸村の顔は、どうにも解せなくて。私の知らないその世界が今の彼を苦しめているのなら、私は必死でそんな話題を振らないように努力するのに。それなのに、なんとも嬉しそうに話すものだから、甲斐の虎なんて単語を出してみたり、彼の異名を訊いてみたりして。

彼が嬉しそうだと、私も嬉しい。けれどそれ以上に、幸せそうに話す彼を見るのが苦しいと思ってしまう。私は、もっともっと彼のことを知りたいと、思ってしまう。

「名前殿」
「えっ、あ……なに?」

急に声をかけられて反応の悪い返事をしてしまった。彼の目線は私が抱きしめる赤い袋に向けられている。

「どうかした?」
「その札にはなんと書いてあるのだろうか」
「札?」

彼の指差すそれはリボンと共に留められているタグ、というかカードだ。見たことのない文字に興味があるのだろう。

「『Thank you for purchase.』 」
「な、なんと……?」
「英語だよ。『お買い上げありがとう御座いました』って」
「えいご? 南蛮語のことで御座ろうか!」
「南蛮……そうだね」
「奥州の独眼竜、政宗殿がよく使っておられたのだ」
「え……伊達、政宗?」
「うむ。ご存知か……!」
「……」

伊達政宗が英語を使っていただなんて聞いたことがない。カタコトで下手な英語を一生懸命駆使する武将を想像したら笑えてきてしまって、黙って頷くのが精一杯だった。

「政宗殿はまこと強うお人なのだ」
「戦ったことがあるの」
「うむ。刃を交えたことは幾度も。政宗殿はこの幸村ただひとりの好敵手に御座る」
「へえ、好敵手……」
「大阪でも相まみえたのだが、その後はどうされたのか」

知っていても云うべきではないのだろう。事実、幸村の口調は答えを求めるそれではなかった。しかし、嬉々として伊達政宗を口にする様子に、彼にとってとても大きな存在だったのだろうということが判る。

「名前殿っ」
「……こ、今度はなに?」
「良かったら某に南蛮語を手解きして下さらぬか!」
「え、ええー……」
「そ、そんなあからさまに嫌な顔をされてしまうと……」
「いやいや、嫌じゃないんだけど」

英語にはあまり自信がないというか。嘘を教えてしまったら申し訳ないし、発音なんていい加減だ。それこそさっき想像してしまったような武将になってしまうのでは、と必死に頭を回転させて思いついた云い逃れはこうだ。

「南蛮語の前に、この時代のことばを覚えてみようか」

さて、至極嬉しそうに頷いた彼に内心ほっとしつつ、自宅近くの本屋で私はひらがなのみの絵本を買うことにした。





くりり、瞳に移す。

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