「なんでか判らないけど、名前ちゃんの傍って居心地良いんだよね」

へらりと笑った猿飛くんは突拍子もなくそう云った。一昨日の約束どおり、ふたりで昼食を取っていた時のことだ。ふたり、というには語弊があったかもしれない。正確には幸村も居て、私としては非常に奇妙な状況だった。

「そ、そう……?」
「うん、そう」

危うく落としそうになったパスタをフォークに巻き直しながら首を傾げる私に、やはり猿飛くんは笑顔で答えるのだった。

昼食を終えて午後の講義。なおも隣にいる猿飛くんに、私は疑問を抱くしかなかった。今まで特別仲が良かったわけでもないというのに。社交的な猿飛くんは私と違ってたくさんのお友達がいるはずだ。

幸村は猿飛くんは自分の部下だった、と云った。無意識に幸村の気配を感じ取っているのだろうか、それとも昨日の一件が原因なのか。どちらにしても、どこか可笑しいのは確かだ。

「名前殿」

講師の声のみが響く静かな講堂で、幸村が遠慮がちに口を開いた。なに、と目を向ければいたって慎重な調子で問われる。

「名前殿と佐助は一体どういう関係なのだ?」

幸村でさえ疑問を抱くほどである。そういう私はもう幸村と声を出さずに会話する、ということが出来るようになっていた。私にしか聴こえない声と普通に会話をするのは都合が悪いことこの上ないのでとても便利だ。これなら不審に思われることなどないだろうから。

幸村と会う前までは友達以下だったと思う。

とりあえず、そう答えた。間違いではない。ただ学部が同じで、本当に挨拶をするくらいの仲だったのだ。幸村はそうか、とひと言呟くなり黙りこんでしまった。



今日の分の講義が終わり、席を立つと同時に腕を掴まれた。ぞくりと肌が粟立つ。驚いて掴まれた腕を辿れば、冷たい手の主は猿飛くんで。にっこりと云い放たれたことばに私は固まった。……心臓に悪い。

「送ってくよ」
「え、えっ……と」

突然の申し出に視線を泳がせる。断る理由もないけれど、この違和感はどうしたらいいのだろう。こころなしか背後が熱い。暑いのではなくて、熱い。

「……さっ、さすけええ!」
「ひっ!」

いきなり後ろから大声で叫ばれ、大袈裟なくらいに肩が跳ね上がった。それに驚いたのか猿飛くんの手が慌てたように離れる。

「あらら、そんなに嫌だった?」
「ちがっ」
「佐助! いくら佐助でも名前殿にこのようなこと、赦さぬぞ……!」

へにゃりと笑った猿飛くんに、まっ赤な顔で私の前へと躍り出た幸村はひどくその場に不釣合いで。まったく状況が把握出来ない私はひとりおろおろと挙動不審になっていた。

「名前殿、行くぞっ!」
「え、あ、ちょっ」
「名前ちゃん?」
「ご、ごめんね……!」

猿飛くんには悪いと思いつつも、ずんずんと進んで行ってしまう幸村の背中を急いで追いかけた。コンパスが合わない私は必然と小走りになっていて、大学を出て立ち止まる頃には心臓がうるさく悲鳴を上げていた。

「ゆ、幸村?」
「……名前殿」

振り返った幸村の表情に驚いた。てっきり私は彼は照れているものだと、思っていたのだ。握手で思い切り照れて破廉恥だと逃げられたくらいだったから。

けれど、幸村は怒っていた。

怒りのこもったその目で見据えられ、私はなにも云えなかった。幸村のそんな表情、始めて見たのだ。普段穏やかな彼からは想像も付かなかった。

「名前殿は、隙が有り過ぎる」
「……へ」
「佐助に腕なんか掴まれて……!」
「えっと、」
「そのままどこかへ連れていかれてしまったらどうするのだ!」
「幸村……?」

大声で叫ぶ幸村からだんだんと怒気が消えていく。その代わりに、なにが不安なのか揺れる瞳を伏せて俯いてしまう。猿飛くんが掴んだ腕を労わるように、その辺りを赤い両手で包まれた。

「どこへも行かないで欲しいといったのは、名前殿ではないか」

そう呟いた幸村に私はやっと彼が怒った理由を知る。ああ、なんだ。

「嫉妬してたの、幸村」
「ちっ、違う!」
「嘘だ」

くつくつと抑えることが出来ない笑いが零れた。なんて可愛い幽霊なのだろう。今度こそ恥ずかしさから顔を赤くする目の前の彼がとても愛しい、だなんて。

「しっ、しかし……、佐助の目は本気だったぞ」
「まさか」
「いや、なんというか……変? だったのだ」
「もういいよ幸村、判ったから」
「なっ、信じておらぬな!」
「そんなことないよ」

じとりと睨みつける幸村の視線をさり気なくかわして、彼の手に自分の手を重ねた。

「幸村は温かいね」
「名前殿も」
「判るの?」
「名前殿こそ」
「判るよ」

すごく温かいよ、幸村は。初めて触れた……という表現が正確なのかはよく判らないけれど、そのときはあまりの冷たさに驚いた。今思えば彼が緊張していたからなのかもしれない。なんとなく、猿飛くんの冷たい手を思い出した。

「ああ、そうだ幸村」
「なんで御座ろう」
「ちょっと寄りたいところがあるんだけど、良いかな」
「某は全く構わぬゆえ、名前殿が好きなようにして下され」
「そっか」

じゃあ、行こっか。いつの間にか放されていた手を差し出す。案の定、幸村は首を傾げた。

「手」
「て、手……?」
「繋ぎたいんだけど」

かあっ、と幸村があからさまに赤面するものだから、こちらまでなんだか照れてしまう。おずおずと乗せられた手をそっと握って歩き出した。それはまさに空を掴むに等しいものだったけれど、左手に感じる幸村の温度がとても心地良いと思った。






ふるり、嫉妬に燃える。

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