「お加減、いかがでございましょう」
「……問題ない」
 鋭い瞳を伏せて、三成さまは呻くように返した。 
 彼が目を覚ましたのは、倒れたその日の夜更けであった。半日近く眠っていたというのに、その顔色はお世辞にもよいとは云えない。傍目から見てもかなりの無理を自らに強いていたことがわかる。
「胃の腑のあたりが悪しゅう感じたり、頭が痛むことなど、ありませぬか」
「ない」
 否定されてしまえば、なにも口を出すことはできない。わたしは調合したばかりの粉薬をひと匙、紙に乗せて三成さまに手渡した。
「お飲みくださいませ」
 薬草を擦り潰した粉末状のそれを、三成さまはしばらく訝しげに眺めたあと、紙を半分に折って口内へと傾けた。さらさらと褐色の粉が紙を滑り落ちる。
「……水」
「はい」
 白湯の入った湯呑みを差し出す。無骨な手でどこか不器用に受け取って、三成さまはごくりと白い喉を上下させた。
「三成さま、よくお聴きになってください」
「なんだ」
「かの症状は睡眠不足と軽い栄養失調にございます。とりあえず、いまはよくお眠りになられてください。食べる量は徐々に増やしてまいりましょう」
「……」
「あの、よろしゅうございますか?」
「そのような暇などない」
 三成さまは僅かに視線を逸らすのみで否の姿勢を崩さない。わたしは官兵衛さまにいただいた助言を頭のなかで反芻してみた。
「その、三成さま。これはなにより、豊臣軍のためでもありますれば、どうか」
「……貴様に豊臣のなにがわかる」
「三成さま、」
「三成くん、入るよ」
 襖が開かれ、わたしのことばは遮られる。穏やかな声に目を向ければ、薄明かりでもわかる綺麗な白い髪。
「半兵衛様……」
 三成さまが僅かに目を見開いた。
「目を覚ましたと聞いてね。このような刻だけれど、いま話をしても平気かい」
「それでは、やくめは下がりましょう」
「いや、きみも居てくれ、やくくん」
 立ち上がろうとしたところを止められる。意外であったため、ろくな返事もできないまま再び腰を落ち着けた。
「きみが倒れたと聴いたときは心配したよ、三成くん」
「申し訳ございません。不徳の致すところにございます……」
「いいんだ、無事ならね」
 俯く三成さまに、半兵衛さまはやさしい声をかける。その声色に咎める様子は含んでいない。
「きみが欠けてしまえば、僕の布陣には大きな穴が開く。三成くんは豊臣の大切な要のひとりなんだ」
「……恐悦至極に存じます」
「そう思うならば、もっと自分を労ってあげてはくれないかい。やくくんの云うように、きみの健やかさが豊臣軍の勝利を握っているのだから」
 いいね、と半兵衛さまが念を押す。三成さまは先ほどよりはっきりとした声音で、はい、と答えた。
 官兵衛さまが仰っていたことを、半兵衛さまは当然のように説いてみせたのだ。たしかに三成さまは、わたしが思っていたよりも単純であるのかもしれないが、それ以上に彼が豊臣軍にとって大きな存在であることは明らかで。だから、ごく自然に半兵衛さまの口からもそのようなことが紡がれたのだろう。
「それじゃあ、ゆっくり休むんだよ」
「半兵衛様もどうかこ自愛を」
「ああ、おやすみ、三成くん」
 膝を立て、半兵衛さまが立ち上がる。わたしは三成さまが寝付くまでここに居ようか、と思ったところ、紫紺の瞳がわたしを捉えて云ったのだ。
「きみもおいで、やくくん」
 不思議に思えど逆らう理由もないため、三成さまへ頭を下げてから、半兵衛さまのあとをついていった。

 三成さまの室を出て、襖をきっちりと閉めきったところで、安堵とも呆れともとれる溜め息が零された。
「大事無いみたいでよかったよ」
「さようでございますね」
「きみも、こんな夜更けまで男の部屋に居るものではないよ」
 半兵衛さまが眉をしかめる。そうは云われても、これは務め。なんと返したらよいのかあぐねていると、半兵衛さまはめずらしく苦い笑いを浮かべた。
「仕方のないこととはわかっているけれど、他の者には頼めなかったのかい」
「皆、寝静まっておりますれば……」
「だからこそ、だ。三成くんがなにかするとは考えていないし、豊臣にそんな下衆な者がいるとも思っていないけれど、こうしてひとりになった瞬間、なにがあってもおかしくない」
 その科白に、ようやく自分が心配されているのだと理解する。薬師という職業柄、こんな風におなごらしい扱いをされることは少ないから、すぐには気づけなかった。
「いつだって危機感をもっていなければだめだよ」
「ありがとうございます」
「……まったく。僕は叱っているのに」
「はい、存じております」
「ならばなぜ、笑っているんだい」
 指摘されたところで、緩む頬は抑えきれなかった。なぜ、だなんて決まっている。
「うれしゅうございまして」
 へらりと笑ってみせれば、半兵衛さまも困ったように小さく笑った。
「きみが、豊臣軍にとって三成くんが必要不可欠だと思ったように、僕にとってのきみも同じことなんだよ」
「勿体なきおことば、感謝いたします」
「世辞だと思っているだろう?」
「違うのでございますか?」
 問いに問いで返すも、半兵衛さまはその瞳を柔らかく細めるだけだった。
「さて、部屋まで送ろう。もう日が昇るまで数刻もないけれど、よく休むんだよ、やく」
「はい、半兵衛さま」
 胸の奥底が熱くなるような不思議な鼓動を感じながらも、耳にやさしく残るその響きがあるだけで、今宵はしあわせな夢を見られる気がした。




死にいそぐやうに

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