橙色の優しい店内の照明に当てられてゆらゆらと煙草の煙が線を描く。緩やかな曲線のそれはゆっくりと空気に溶けて見えなくなった。灰皿に火を押し付けながら煙を口から吐き出す。18歳のくせに緑のマルボロを吸いながら格好付けてるこいつは、今年の春大学生になって、わたしは専門学生になった。髪型と服装が変わって少し大人ぶっているつもりで、でも相変わらずなわたしたちは本当は何も変わっていない。初めて会ってからもう3年も経ったなんて信じられないね。中学の卒業アルバムの最後のページにはたくさんの寄せ書きの中に15歳のこいつがいる。いつ見てもそこにいて、わたしはその汚い字を見ながら何度もこいつを思い出す。そうしてもうすぐ冬が終わるとわたしたちは、19歳に、なる。
「俺、禁煙しようと思うんだよね」
「よく言うよ、ふかしのくせに」
大学生はちげーから、と言いながら何本目かの煙草に火を付ける。肺に入ってないのくらいわたしにだって分かる。慣れてないくせに。わたしは泡の無くなったビールを飲む。ただの味のない苦いものが口に広がって、体に染みた。美味しくもなんともない。アルコールなんて楽しくもなんともない。特に飲みたいとか思わないけどとりあえず飲む。みんなが飲むから一緒になって飲んで馬鹿みたいに盛り上がって気持ち悪くなって終わり。くだらないくらいわたしたちは子供だ。空になった緑の箱をぐしゃりと丸めて、煙を吐いて、灰を落とした、その指。
「メンソールってインポになるらしいよ」
「あーあインポ」
「いや俺は違うから」
「わたしラッキーストライクが好き」
「吸うの?」
「吸わないけどラッキーストライク吸う人がなんか好き、よく分かんないけど」
「あんまいないよね」
「ラッキーストライクにしなよ」
「今度吸ってみようかな」
くだらない話をしてお酒を飲んでどちらが強いとか弱いとか酔ったとか酔ってないとか何杯目だとか、そんな話をしながら適当に食べてまた飲んでくだらない話をする。でもそのくだらない会話がどれだけわたしの感情を動かすと思う。多分一生考えてもこいつには分かんないよ。分かるもんか。お前なんか一生マルボロふかしてろ。わたしはそう思いながらビールをまた一口飲む。炭酸しか感じない。苦味で隙間を埋める。埋める。くるしい。
「ビール俺あんま駄目なんだよね」
「ふーん」
「美味い?」
「美味いよ」
嘘を付く。わたしもあんたも似た者同士だ。格好付けるのになんでこんな馬鹿みたいに必死なんだろう。なんのために大人ぶってるんだろう。どうしてこんなくだらない嘘なんて付いてしまうんだろう。大人になんかちっともなれてないくせに。何一つ素直になれていないくせに。15歳のわたしがそう言ってる気がした。心臓が浮く思いがした。なんでこんなにもくるしいの。ああ、わたしは何も変わってない。わたしは中学3年のまんまじゃないか。馬鹿。
「てか彼女出来た?」
「出来ない」
「うーわ、悲しいね」
「もうなんかそういうのどうでもよくなった」
「負け惜しみか」
「いや、素で、なんかめんどくさい、そう言うの」
へえ、とわたしは呟きながら確かな揺らぎを感じる。なんだかぐらぐらして、ああ、なんかこう、胸の奥が、ぽっかりとした、そんな気持ちだ。なんでわたしこんな気分になったんだろう。なんでだろう。ああ、そっか。そっか。そうだからか。知ってたけどさ。15歳のわたしが心臓の奥の方で言った。(私と、なにもかわってないじゃないか。)知ってたよ。うるさい。うるさい。わたしは何も変わってないよ。何ひとつ。大人なんかじゃないよ。何ひとつ本当のことも言えないままだよ。わたしはビールを飲み干す。二口、三口。この気持ち悪い苦味が、早く心臓に届けばいい。そう思いながらわたしは言うんだ。
「分かるよそれ、わたしも」
不愉快な麦の独特の風味が鼻を抜けた。それだけでわたしは大人になれた気がした。それだけで良かった。15歳のわたしは18歳のわたしを呪う。18歳のわたしは15歳のわたしを殺す。お願いだから分かってよ。壊したくないんだ。ねえ。ぽっかり空いた心臓に苦みが染みて、染みて、いっぱいになればいい。意味も分からなく目頭が熱くなった。それに気付くもなく彼は相変わらず煙草をふかしていた。そんなわたしたちは、もうすぐ、19歳に、なる。
明日がにじむ
こんなにも好きだなんて
to sokonokodomo.
happyhappy birthday !
2010 02 18 . yuki
title by たかい