君の泣き顔 | ナノ

"お前はどうしていつもこうマヌケなのだよ!"と怒鳴られてしまった。そんなに怒らなくても良いじゃないかと頬を膨らませ睨んでみると、"それにハンカチを持っていないなどだらしない!"と更に怒られた。
『そんなに怒らなくても良いじゃない。』
『スーツはクリーニングにわざわざ出さなければならないのだよ!家ではそう簡単に洗濯できるわけじゃないのだよ!』
『うるさいなぁ…。"気にしないでください"って言ったじゃん!さっき。』
『お前は別なのだよ!』
椅子から今にも立ち上がりそうな勢いで怒る真太郎があまりにもあの頃と変わらないもんだから、つい噴出してしまった。
『何笑ってる…』
『だって、し、真太郎があの頃と全然、怒り方変わんないんだもん。』
*
見てのとおり、あたしと真太郎は初対面じゃない。とは言っても幼馴染でもなければ友達でもない。元元元元彼だ。(うん。多分。)高校時代に付き合っていた人で、あたしの恋愛ヒストリーの中でも一人だけ異色の男。こだわりが凄くて、怒りっぽくて、神経質で、でも奥手で奥手で奥手過ぎる超シャイボーイだ。
あたしは再びマスターに入れてもらったスパークリングを今度はしっかり持ち、口に含んだ。隣には眉を顰めた真太郎。何だ、真太郎もバーに入るくらい大人になったんだ…。と少し感心する。
『今は何してるの?』
『大学病院に勤務中なのだよ。』
『へー…。医者ねー…』
そういえば高校時代に"医者になりたい。"とか言ってた気がする…。と思い出す。あたいも初めは大学に行く気なんてなかったけど、何となく真太郎について行こうと勉強したんだ。
あたしはスパークリングのもう一杯頼み、一気に飲み干した。何か、物凄く美味しい。こんなに美味しいものだっけ、お酒は。成人5年目にして気づくお酒の美味しさに舞い上がり、ウィスキーなんて口にしてみた。マスターの"姉ちゃん、飲みすぎには気ぃつけろよ。"という言葉なんて、もう脳には残っていなかった。
『飲みすぎなのだよ。名前。』
『うるさい。まだこれからでしょ?真ちゃんも飲みな…?』
"ちゃん?"と真太郎は血相を変え、あたしを睨みつける。"まぁまぁ"と宥めに入ってくるマスターはあたしにワインを一杯渡してくれた。それを見た真太郎は呆れ気味で、静かにゴホンと咳払いをした。
『…何年ぶりだ?』
『う〜ん…2,3年ぶりじゃない?』
『違うだろ!6年だ!』
『アハハハ、そっか。』
計算もろくにできなくなったのか。と怒り始める真太郎。"高校以来だよね。"と言えば、気まずそうにお酒を口に含み、"あぁ。"と呟いた。
『懐かしいね。』
『あの頃はお前に振り回されて大変だったのだよ。』
言葉は怒ってるのに、顔と声はかすかに笑っている。こういう真太郎、嫌いじゃない。あたしもあの頃がとても懐かしい。とは言ってもあたしよりおそらくバスケを愛していたこいつはバスケバスケ三昧だったから、バスケをしている真太郎ってイメージがほとんど。学生時代のように包帯が指に巻かれているのかと見てみると、もう包帯の姿はなかった。ただ華奢で女の人の手にたいな指がさらけ出されている。
『ねぇ、真太郎』
『何だ。』
『今年、桜に酔った?』
『は?』
その後のことはよく覚えていない。ただ確かに覚えているのは、次の瞬間、真太郎の唇に触れたことだけだ。


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