君の泣き顔 | ナノ

こないだまでピンク一色で日本中を酔わせていた桜はいつの間にか儚く散ってたみたいで、久しぶりに見た木々は新緑色に染まっていた。今年の桜はあたしを酔わせてはくれなかったな…と溜息が出る。自分の手首にある握り締められた赤い跡を見ては更に。あれ、あたしってこんなに感傷的だったっけ?
久しぶりの一人の夜っていうのは結構虚しかった。望んでいたはずなのにやっぱり駄目で、耐え切れなくて、少し蒸し暑い夜空でも仰ぎながら外へ出た。タンクトップにショートパンツ。よく露出を控えろとうるさかったあいつを思い出す。バーカ。もうあたしは自由の身なんだよ!どんな格好しようがあんたは文句言えないよ!勿論スッピンだけど気にせずブラブラと歩いていれば酔っ払いのおじちゃんとすれ違う。何かよろよろしながらめっちゃ怒ってる。何か不満でもあるのかな。給料上げてほしいのかな。酔っ払いのおじちゃんの影響を受けたわけでもないけど、お酒が飲みたくなった。コンビニで買ってそのまま家に帰るのもありだけど、せっかく外へ来たんだし、どこかで飲んで帰ろう。
*
こんなラフな格好で入っていいのかというくらいオシャレなバーに入店した。カウンターに座り、"桃色スパークリング"という不思議な名前のお酒を注文してから、頬杖をつき思い出すのは先ほどの出来事。あたしには赤司というえらい厳しい厳しい彼氏が居た。大学生の頃から付き合ってて、再来月で交際四年目を迎える頃だった。自己中心的でちょっと口答えするだけで怒るし、今みたいなタンクトップとかショーパンを履いてたら睨んでくるし、料理の味付けにうるさいし、ある意味面倒な奴だったのかもしれない。あんな我侭殿様の元、あたしは良くがんばったなーと感心する。それでも愛してたのは事実。なのにどうして終幕が着てしまったのかなんて考えただけで頭が痛い。たださっきあいつが掴んで話そうとしなかった手首の跡が寂しそうでしょうがない。普段は傲慢なくせにどうしてこんなときだけ必死であたしを止めようとするなんてアホらしい。あぁやだやだ忘れよう。スパークリングを少し口に含む。しゅわりと口の中で弾けて消えてく。赤司との記憶もこうして消えてしまえばいいのに。そう思った瞬間、するりとスパークリングの入ったグラスがあたしの手から落ち、こぼれてしまった。幸いグラスは割れなかったけど、隣の人の腕にかかってしまった。
『ス、スイマセン!』
えらい高級そうなスーツに零してしまうなんて、ホントついてないなぁあたしは。冷や汗が出る。財布にクリーニング代入ってたっけ?男の人は"気にしないでください"と自分のポケットからハンカチを出して拭いている。聞き覚えのある声だった気がしてあたしは男の人の顔を覗き込んだ。
『も、もしかして…真太郎?』
黒縁眼鏡の奥に潜む長いまつげと深緑の瞳をあたしは知ってる。その男の人は眉とつりあげ、"名前か?"と今にも眼鏡がずれ落ちそうな表情を浮かべた。


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