君の泣き顔 | ナノ

『良い飲みっぷりだね、名前ちゃん!』
陽気そうな声の嶺二の顔がひょっこりと視界に現れた。
『こ、寿さん…』
喉を鳴らし豪快に飲んでいた栄養ドリンクの瓶から口を離し、おそらく仕事帰りに立ち寄った事務所の一室にやってきた彼の方を見つめた。
『でもファンが見てたらちょっと幻滅しちゃうかも。』
事務所の先輩である嶺二のウィンク付きのアドバイスに素直に頷けるほど、今の名前には余裕など無かった。ソロの女性ボーカルアーティストとして多忙な毎日を過ごす名前の体はヘトヘトで、カメラが回っていないと最近は表情が弛んでしまうほどだ。女子大生である彼女の体には正直、辛い日々だ。
『見たよ〜、ライヴ。名前ちゃん、ホント忙しいね。この、稼ぎ頭め!!』
肘でつつかれ、"は、はぁー…"と適当に愛想付けとくことしかできない名前はパイプいすに腰を掛け、机にうつ伏せた。

元々嶺二のような天真爛漫な人は苦手だ。世の中ある程度悟ってなきゃ生きにくいはずなのに、こういう人は悟らなくても毎日のん気に生きてやがる。
『…辛い?』
『…いや、大丈夫です。』
『嘘、下手だね。』
ごもっともだ。言わなくてもその言葉は嶺二に届いていたらしく、一瞬空気が乾いた。でもそれを吹っ切るように嶺二の笑い声が響く。
この人、凄いな。
『…寿さんこそ、何でそんなに元気なんですか?』
『どうしてって…僕は名前ちゃん程忙しくないから?なーんて。』
『ほら、そういうところとか。』
机に伏せた両腕の間からチラリと覗く名前の目はどこか不満気味だった。
『毎日楽しいからかな?』
『…楽しい?…』
『僕さ、仲間がいるから今、とっても楽しいわけ。』
『あたしはソロで良いです。』
『ハハ、でもまぁ…一人でやればレコーディングもリハもなんでもスムーズに行くよね?それが4人だったら当然4倍にてこずる。でもてこずるってのが醍醐味で、あ、僕今誰かと時間を共有してるんだなって感じる。それ、僕にとってたまんないくらい幸せなんだよねー…。』
"幸せは二倍、悲しみは二分の一。"どこかで聞き覚えのある台詞を嶺二が呟く。
『とりあえず、毎日が楽しければ辛いってよりも充実感があるはずだよ?この気分、名前ちゃんにも味わってほしいなー…』
綺麗ごとを言う人は嫌いだ。いつも斜めに構えている名前には嶺二の感性がイマイチ行き届かない。でも一つだけわかったのは、彼が毎日楽しいということだ。
『人気と歌う楽しさが反比例なのは悲しいよ?』
『…そうですね。』
『もー、そんな不貞腐れないで!ほら、こっち向いて。』
反射的に顔を上げ、嶺二の方を向く。すると彼の手が伸びてきて名前の頬を固定した。わずか2,3秒の出来事であった。
『ちょ、寿さん…』
頬にわずかな熱を感じた。かすかなリップ音がこの無機質な部屋に響いたのを名前はしっかり聞いた。
『体だけは壊さないようにね。』
再びウィンクをして嶺二は部屋を出ていってしまった。名前は頬の熱い部分をゆっくりさすった。
『…今の…何よ…』



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