君の泣き顔 | ナノ

あたしにはもう10年以上の付き合いの男が居る。普段は研究室に籠って顕微鏡や試験管、数字と睨めっこの生活を送ってるからか彼の職業がよくわからない。アイドルと言ってた。そうだ、彼の父親が事務所の社長さんだったもん。もう8年以上サブカルチャーと馴れ合ってないということもあって今の時代のアイドルってよくわからない。一応恋人兼婚約者である鳳瑛一があいどる?ハハ、まぁあってるんじゃない?あたしにとってその程度の認識だった。そんな彼は一週間に一度、いや3〜4日に一回くらいの頻度でうちにくる。以前はもうちょっとしょっちゅう来てた気がするけど、最近は忙しいのはちょっと顔を見せてはすぐに帰ってしまう。
今日もあたしが研究室で顕微鏡をのぞき込んでいる時に勝手に家に入ってたらしく、物音がしたあたしは2日振りにリビングに顔を出した。
『来てたの…』
『あぁ。』
こないだのあたしの誕生日に自分がくれたソファで足を組みつまらなさそうにTVを見つめる瑛一君の姿があった。すぐ傍にあった2つのマグカップのうちの一つを手に取り口付けた。珈琲が少し冷めてるから、淹れてくれてから結構立つんだ。
『おいし…』
『当たり前だ。俺が淹れたんだ。』
『何?この珈琲豆…買ってきたの?』
『あぁ。広島のロケ地の近くで良い店があったからな。』
瑛一君の俺様発言にはもう馴れたというか日常化してしまったのでツッコむのも面倒になって、スルーしてやった。
『ひ、広島まで行ってたの?!』
『うん。』
『何しに!?』
『ロケっつてんだろ。』
あ…はい。不機嫌な声色だったからあたしは素直に返事しておくことにした。
『通りで、』
TVからあたしに瑛一君の視線が移った。
『最近うちに来る頻度が減ったと思った。』
何かつまらなくなった。いつも同じ格好で、下手したらお風呂すっぽかすくらい研究室にこもりっぱなしのあたしがそんなこと言う権利なんて絶対ないのは分かってたけどつい口が滑ってしまった。あたしの悪い癖だ。昔からの。
あえて瑛一君の顔を見ず、そのまま視線をマグカップに落としたら、彼の腕があたしの腰に伸びてきた。
『あ…』
勢いで珈琲が零れそうになるのを抱擁しながらもあたしの頬はしっかり瑛一の胸板にくっ付いた。
『ちょっと…』
『すまなかった。』
久しぶりの感覚に少し、いやかなりドギマギしてると信じられない言葉が彼の口から発せられた。天下の鳳瑛一様様が謝ってる。カオスすぎてあたしは一瞬呼吸を止めた。
『…べ、別に気にしないでよ…』
瑛一君の顔が見たかっらからさり気無く離れようとした。でもそれは彼の腕によって阻止され、ますますきつくなった。
『仕事は仕事だし。あたしだって籠ってばっかだし。』
すまない。だけで言い訳がなかった。こういうところに彼の強さを感じてしまう。普段はあんなに偉そうなのに、どうしてだろう。悔しくも頼もしくもある。
ただ…大きな手があたしの全身を這ってる。
『え、瑛一君…あんまりその…触らないでくれるかな…』
『久しぶりなんだ、良いだろ。』
『恥ずかしいし、くすぐったいし…』
頭や背中、太腿に移動した後に服の中に入ってきたのが分かった。それを悟られるまいと彼はジャストタイミングで唇を押し当てる。強引なのに優しいから耐えられない。それにしてもディープキスっていつまで経っても馴れないな…。
『はぁ…はぁ…』
やっと唇を解放されたときにはあたしの肩は激しく上下に揺れていた。
『そ、それに…今……コンドーム無いし…』
すると瑛一君は疲れ切った表情を隠しきれなかったようで一瞬素の表情になっちゃったけど、直ぐにそうだな…。と呟くとあたしの肩を軽く押した。
見下ろされるのはもう慣れっこだ。天井をバックに口元を緩める瑛一君にももう慣れた。でもやっぱり心臓は慣れてないみたいだ。凄く…うるさい。
『ちゃんと買っておけ。』
耳元でそう言われた。
『…あたしがぁ?』
『勿論だ。俺はコンビニに入ることさえできん。』
『そんなに不便なのにアイドルやって楽しいの?』
訪ねても返事は無い。ただ彼が楽しそうにあたしに口づけするもんだからもう良いや…。







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