君の泣き顔 | ナノ



「おはよう名前」

そう言って、当たり前のように頭を撫でてくる征十郎が好きだった。

隣に並んで歩くことができていたのは、一体いつまでだったのだろうか、

踏み出せなかった一歩が、ひどくもどかさくて、ただ見つめることしかできなかった自分自身が、情けなくて、

けれどそれはもう、随分昔のことのように思える。




「名前!こっちっスよ」
「涼太ってば、来るの早いね…っ!」
受付の前で、こちらに向かってぶんぶんと手を振ってくる彼の元へ駆け寄ると、いきなり抱き着かれた。
「ちょ、っと」
ザワっと周囲の人たちの声と視線を浴びて恥ずかしい。
「あーもう、…なんでそんな可愛いんスか、」
耳元に響く涼太の甘い声に、背中がゾクりとして咄嗟に身を離す。
「もうっ…人前で抱き着くの禁止って言ってるのにっ」
「オレはいつだって名前とラブラブしたいっス!」
ラブラブってなんだ、
とは言わないものの、じろっと彼に視線を送ればシュンと大人しくなった。
少しだけ不貞腐れた表情を浮かべながらも、
「…そのロイヤルブルーのワンピース、…名前の白い肌が際立ってたまんないっス」
と、ぼそっと吐いた涼太に思わず笑みがこぼれる。
「、ありがとう」
照れくさいけれど、やっぱり嬉しい。
「他の野郎に見せたくないっス、」
なんでこうも、ストレートに何でもかんでも言ってくるのだろうか、
こっちは心臓がうるさくてたまったもんじゃないっていうのに。
「ばか…、あ…私ちょっと化粧室行ってくるからこの辺にいてね」
「了解っス」
今日は、幼馴染の大切な結婚式だというのに。
私は目覚ましをかけた時間に起きられなかったのだ。
それでも化粧はしたけれど、普段より粗いことに変わりはない。
確認すべく、標識らしきものを探すのだけれど…

「あっれー…おかしいなぁ…」

完全に、迷ってしまった。
ここの会場が広すぎるのがいけないんだ、と何とも自分勝手なことを一瞬だけ考えたけれど、すぐにぶんぶんと頭を振って追いやった。
ばかか、と。
恐らくこういう会場には全体の地図があるはずだ。
どっちを見つけるのが先かわからないけれど、どっちかなら見つかるだろう。


「、名前?」
不意に後方から声を掛けられ振り向く。
そこに立っていたのは、昔から変わりのない鮮やかな真紅の髪をした征十郎だった。
「征十郎…」
半年ぶりに会う彼は、以前あった時よりさらに男らしくなったんじゃないだろうか。
「久しぶりだね。今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「うん、ほんとに久しぶり、私の方こそ、呼んでもらえて嬉しかったよ」
和やかな会話をしながらも、
私だけ、内側では醜い感情が入り混じっていた。
ああ、やっぱり…だめだ。
面と向かって会ったら、蓋を締めていたこの想いが、零れてしまうじゃないか。



どうして、

「名前は、随分綺麗になったな」

「私なんて全然、…征十郎の方こそ、…すごくかっこいいよ」


なんで、


「なんだ、昔より随分と素直になったんだな」


白いタキシード姿の彼の隣に、


「…そう、かもね」


私はいられないんだろう


「…名前?」

声のトーンが落ちる私に、征十郎は訝しげな表情を浮かべた。
だめだ、ここでこんな雰囲気にしてしまっては、慌てて明るくふるまう。

「な、何でもない!あ…わ、私、征十郎なら、紋付き袴かと思ってたよ」
「…そう…ああ、彼女がね、ドレスがいいってうるさくて」
私の態度に、少し戸惑いの表情を浮かべた彼であったけれど、話を変えるとやわらかく微笑んだ。
「…そ、そっか」
自分から話を振ったくせに、驚くほどへこんでいる私がいた。

ああ、本当に本当に、

この人は結婚してしまうんだ。

その事実は、覆せやしないことくらいわかっている。

でも、このままじゃ嫌だ。


ごくりと唾を飲み込む。

「…今から私が言うことは、…聞き流して欲しいんだけど、ね…

「ああ…」
しっかりと、頷いた彼を見つめて、吐き出した。


「っ…好きだったよ…ずっと、ずっと…好きだった…なんで、私が征十郎の隣にいれないんだろうって、思った…」

泣いたりなんて、するもんか
目が痙攣でもしているのかというほど強張っている。
待っていてよ、まだ耐えてよ

きっと征十郎は、そうか、なんて冷静に一言返すんだろうな、なんていう私の憶測を見事に打ち砕いた。

どうして、そんな顔、してるの?

「今さらだよ、…本当に、…僕たちは、」

想像もしていなかった言葉に、時が止まったみたいな感覚が走る。

「きっと僕の方が昔から、名前のことを好きだったよ」

彼は苦しそうに顔を歪めて告げる、

「けれど僕らはもう…子供じゃない」


「征、十ろ…」

分かってるの、そんなこと、

時が巻き戻れば、どれだけ幸せだろう


「だけどこの一度だけなら、…許されないだろうか」




やんわりと重ねられた唇。

伝わる熱、


ああ、やっぱり、好きだ

私は彼が、好きなのだ




例えもうこの恋が、


終わりを迎えるとしても…




「控室に、戻るよ…」

ぬくもりは離れ、静かに彼が口を開く。

「う、ん」

私はそう、頷いた。






「名前、探したっスよ」

立ち尽くす私を、背中から抱きしめたのは、私が知る、一番の優しい体温の持ち主だった。

「涼、太…」

彼の名前を呟いたら、箍が外れた。
一瞬にしてあふれ出す涙、

「…遅いから、心配したんスよ?」

耳元をなぶる掠れた声。


「泣いていいよ…我慢、したんスよね?」
その言葉に、思わず目を見開く。
「名前が赤司っちのことを好きだって…知ってったっスから…そんなのとっくの昔から、」
「じゃぁ、」
どうして、…?
いくら考えたって、おかしい
「簡単っスよ…、仕方ないじゃなっスか…オレだって名前のこと好きなんスから」
どこか切なげだけれど、綺麗な笑みを浮かべる彼が、
何で、そんな風に笑えるかが、私にはわからなくて
「りょ、た…ごめ、」
「謝らなないで…オレは名前といれて幸せだから…」
ただただ謝罪の言葉を述べて、泣きじゃくることしかできない。
それでも涼太は、ボロボロと堰を切ったかのように涙があふれ出す私の瞳に、そっと優しく唇を落とした。



「…オレが、全部受け止めるから」








幸せに、なろう












一つの恋が終わりを告げて…ようやくここから、








たった一度だけでも、一瞬でも、

あなたと想いが通い合っていた口づけを、生涯忘れない


only once



( さようなら、初恋

  本当に、好きでした )


(…おめでとう、征十郎)

(…ありがとう、名前)






缶田様より相互記念文。
めちゃくちゃ嬉しいです!そしてなにより赤司様のキャラをしっかりと掴んでらっしゃいます!尊敬しています!



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