背中じゅうにしっかりとした温かみを感じる。しなやかな腕が背後から前にまわされて、わたしのお腹のあたりで組まれている。
晴れた平日の白昼、狭く静かな台所で、わたしたちはそっと息をひそめて立っていた。

お互いの呼吸する音と衣擦れの音だけが聞こえる。イタチが身じろいだり、まわした腕を組み直したりするたびに、わたしも心地いい場所を探してむずむずと身体をゆする。ときどき背中に彼の鼓動を感じたりする。
眠たくなってくるのだけれど、それでいながらわたしの心臓は高ぶるし、彼に委ねている身体は弛緩しきっているようで、その実、彼に負担をかけないように僅かな緊張を保っていて、わたしたちはこのようにアンバランスで繊細な心持ちで身体を寄せ合っていた。

ところでイタチはわたしが洗いものを終わらせたころにふらりと台所にやって来て、何も言わずに後ろからわたしを抱きすくめたのだ。珍しく唐突な行動が嬉しくてそのまま好きにさせているけれど、特に甘えるようなそぶりがあるわけでもなく、ごく自然な振る舞いでわたしの身体を包んでいて、珍しいね、なんて言葉をかけたら離れてしまうような気がしたので黙過している。

こめかみに彼の顎が当たる。耳に纏わりつく髪はわたしのだろうか、彼のだろうか。くしゃくしゃに触れ合って何が何だか判らない。頬と頬が掠めた。あらゆる哺乳類の母親が生まれたての我が子に口を寄せるときのようなやさしい仕草だと思った。器用で不器用で朴訥かつ柔軟な愛情を想起。
骨格のあらわな顎が肩口に埋められた。くすぐったくて身をよじるともっと強く押しつけられて、思わず肩をそびやかす。イタチは少し笑った。

「どうかしたのか」

首を横に振ると、そうか、と言った。
とても軽やかな発言だった。彼の言葉にはいつだって木星のように厳かな重力があったというのに。

「そっちこそ、今日はどうしてこんなにくっつくの」
「こうするのが当たり前だから」

そう、当たり前なのね。
なぜだか泣いてしまいそうだ。自然に引き寄せられて、当然に触れ合って、いつか離れるだろう。満ち足りていて、悲しくて、幸せな予感だ。やはりどこかアンバランスなのだ。彼はきっとすべきことをする。
力いっぱい彼を抱きしめたくなったけれど、彼に背中を向けているわたしにそれはできなかった。


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