あ、いる、先輩。
胸の中でむずむずと誇らしさが膨れあがる。
サソリ先輩と仲良くする女の子はたくさんいるんだろうけど、帰り道がいっしょなのはあたしだけだ。この路線を使う生徒はとても少ない。
「こんにちは。」
「…おう。」
先輩の反応はそれだけなんだけど、表情で「偶然だな。」と語っている。
あたしも「偶然ですね。」と言いたそうな顔をつくる。
俺に下心はないぜ。
あたしに下心はありませんよ。一緒に帰るのは自然な流れなんですよね。
「デイダラが授業中、寝てたんですけど。起こしてあげたら『な起こしたてまつりそ』とか言い残してまた寝やがりました」
「それ、古典のあれだ。ちごのそら寝」
「そう!それです」
あたしたちは当たり障りのない話をする。愉快であればあるほどいい。たまに真剣な話をするときはいつも第三者についてのことだった。そんな話でも先輩に近づいている気がして嬉しかった。それで十分、それ以上は踏み込めないのよ怖いから。
ホームは広いのに、先輩が並ぶのはいつでも4番車両。混雑がひどくてもなぜか場所は変えない。
待ち合わせをしたことはない。先輩がそこに並んでて、たまたまあたしが通り掛かって、声をかけてみるだけ。
あたしが並ぶのも4番車両。あたしは4番車両が好きなだけ。別に先輩と待ち合わせをしてるわけじゃないけど、先輩が勝手に話しかけてくれるだけ。
「あと10分は電車来ませんね」
「ほんとかよ。長えよ」
「…あたしは全然平気ですよ」
「…まぁ俺も別にいいんだけど」
「しゃべってると早いですしね」
「そうなんだよな」
「ひとりだと寂しいですけど」
「退屈だしな」
そうなんだよな。
そうなんですよね。
あたしたちは決定的な言葉をほしがって延々と足踏みをしている。
たぶん先輩はあたしのこと嫌いじゃないけど、他に好きな女の子がいるのかもしれない。−どうにもあたしは踏みきれない。
「ここの車両って便利ですよね。階段に近いから、好きです」
「んー…まぁ便利かもな」
近頃なんて足踏みするのが愉しくなってきている。ほんの少しの手応えがあればあたしは今日もにっこりして生きていける。
あたしが進まなくても、俺が進まなくても、まーいっか、みたいな。
やみくもに進もうとしたらお互いの足を踏んづけちゃうかもしれないでしょ。ああ怖い。
「そうそう、今朝ペイン先輩を見ました」
「ああ」
「あのピアスは日毎に増えていくって噂が流れてますけど、実際どうなんですか」
「デマじゃねぇの」
「だけど小南先輩は意味深な発言を…先輩?」
「あ?」
「さっきから難しい顔してますけど、大丈夫ですか」
「ん、ああ」
サソリ先輩は口をきゅっと結んでこっちを見た。
「なぁ、階段近いとか関係なくね」
生真面目で不機嫌そうな顔つき。え、なに?
「別に便利でもないだろ。それともお前はホントにそう思ってんの。俺は…」
言いさして、言葉を選ぶように顔を背けた赤い頭を見つめて、あっぷあっぷするしかなかった。窒息しそうな金魚みたいに口を開けて。もしかして、もしかして、もしかして。期待に沸き立つ感情で苦しいの。
「あたしは…」
足、絡まっちゃいますけど、いいですか。