掌の上なら懇願のキス。 





「小リスちゃん、一体何を読んでいるんだい?」

鴎外の言葉に、芽衣は手元の詩集から視線を上げた。
僅かに首を傾げて、鴎外は興味深そうに芽衣を見つめている。

「先程から随分と熱心に読んでいるではないか。何を読んでいるのだ?」
「あ、これはグリルパルツァーの詩集で」
「ほう、グリルパルツァーか」
「はい。昼間買い物に行った時に八雲さんと会いまして。色々な本を貸していただいたんです」

ふむ、と頷いた鴎外はソファに座る芽衣のもとへつかつかと歩み寄る。芽衣は怪訝そうに、自らの目の前で直立する美麗の青年を見上げた。鴎外の無駄に整った美しい顔にはいつもの微笑はなく、ただ悩ましげな表情ばかりが浮かんでいる。
それは鴎外が考え事をしている時の顔だ。

「面白いかい?」
「ええ、面白いですよ。私、今までこういう詩集ってあまり読んだことなかったんですけど、以外と。あ、今読んでるこの『接吻』も、」
「…おまえは、罪な娘だ」
「え?」

言葉を遮って、それから鴎外の手が滑らかな芽衣の豊頬を撫でた。
それは、あまりにも優しい掌だった。

「僕は、時々不安になるのだよ。おまえが僕の目の前へ突然現れたのと同じように、僕の前から突然姿を消してしまうのではないかと」
「そんなこと、」
「無いとは言い切れないだろう?おまえが記憶を取り戻して、その時に僕の傍にいるとは限らない」

黄金色の美しい瞳が真っ直ぐに芽衣を射抜いた。
その瞳に、眼差しに、動けなくなる。捕らわれる。
鴎外の手が詩集を奪い、芽衣の隣へとそっと置く。それから細い手首を掴んで、自身の目の前まで持ってきた。

「まあ、仮におまえが僕のもとを離れたいと願ったとしても、逃がすつもりは毛頭無いが」

いつものような微笑が鴎外の顔に浮かび、そのまま掌へと柔らかな熱が触れた。

「さて、掌へのキスはなんだったかな」

そう言って笑う鴎外に、自分はもうこの人から離れることなんて不可能なのだろうと、芽衣は思う。他の誰かを選ぶことも、元の世界へ帰ることだってきっと鴎外が許さない。

(だけど、)

それでも良いと思ってしまう自分がいるのもまた確かであった。
鴎外が捧げたキスの意味を知ってしまえば、芽衣は目の前の青年が堪らなく愛しかった。



(掌の上は懇願のキス)



 
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