閉じた目の上なら憧憬のキス。 



「どこにキスしてほしい?」

にこにこと楽しそうに微笑む沖田の顔を見つめて、千鶴は「またか、」と心の中で呟いた。
沖田の言葉はいつも唐突だった。流れる雲のよう、風のように掴み所のない彼の言葉に千鶴はいつも翻弄され、そして捕らわれる。
この人には敵わない。彼女はそのことをしっかり理解していたし、だからこそ沖田に惹かれていた。

「ねえ、どこ?」

捕食者の瞳。楽しげに揺れている。
千鶴の心の中には少しだけ悪戯心が芽生えた。たまには、自分がこの人を振り回してみせよう、と。

「じゃあ、沖田さんはどこにキスしたいですか?」

上がる口角をなんとか抑えて、千鶴は自分よりも随分と背が高い沖田を見上げた。
翡翠のような、色素の薄い美しい瞳がきょとん、と見開かれる。

ふと、千鶴の頭の中に、いつか父の書斎で読んだグリルパルツァーの詩が浮かんだ。
手の上なら尊敬のキス。額の上なら友情のキス。…たしか、あれは「接吻」だった。
ならば、沖田はどこに口付けてくれるのだろうか。
千鶴は少し期待しながら、沖田を見つめる。

「ふぅん?どこでもいいの?」

沖田の言葉に千鶴は小さく頷いて、それからしまった、と思った。彼の顔には、さっきよりもずっと楽しそうな笑みが浮かんでいた。まるで、悪戯を仕掛ける前の子供みたいな、そんな笑み。

「じゃあさ、千鶴ちゃん目閉じて?開けたらだめだよ」

大きな掌が、柔らかな頬を優しく撫でる。
千鶴は言われたまま目を閉じる。「ふふ、良い子だね」なんて笑う沖田の声が頭上から聞こえた。

どこにキスをされるのだろうと千鶴は考える。
彼は、どんなキスを与えてくれるのだろう、と。

するりするりと頬を撫でる彼の掌が止まって、千鶴の顔に熱を含んだ吐息が触れた。
それから、音も立てずに柔らかな唇が閉じた瞼の上に優しく押し付けられた。

「僕はね、千鶴ちゃんに恋い焦がれているんだよ。君に憧れている。今も昔も、ずっと、」

唇を離してそう紡いだ沖田は穏やかな、だけど少しだけ感傷的な雰囲気を纏っていた。
千鶴は思い出す。グリルパルツァーの「接吻」。
たしか、閉じた目の上のキスはーー

「ねえ、もう一回キスしてもいい?」

いつもの笑みを貼り付けてそう言った沖田には千鶴の意思を確認する気は無いらしい。
千鶴はゆっくりと目を閉じて近付いてくる唇を受け入れた。

貴方に焦がれているのは私の方だ、と心の中でそう呟いて。



(閉じた目の上なら憧憬のキス)
 
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