手の上なら尊敬のキス。 



彼女の手首がこんなにも細いことを知らなかった。

千鶴は、強い少女だった。小さな、いかにもか弱そうな少女であるのに、その外見とは裏腹に周囲の人間が驚くほど、芯の強い人間であった。
たまに、頑固で強情だと周囲に呆れられることもあったが、斎藤はその千鶴の強さを好ましく思っていた。


「あの、斎藤先輩…?」

どうしてこんな状況になったのか。それは千鶴にも、そして斎藤にもわからない。

放課後の、オレンジの陽が差し込む廊下の真ん中。磨かれた床に散らばるのは大量のプリント。千鶴は戸惑った瞳で斎藤を見つめ、斎藤もまた戸惑いの眼差しを千鶴の手首を掴む自身の手へと注いでいた。

斎藤は委員会の仕事で学校に残っていた。そんな中、永倉に頼まれたプリントを一人で運ぶ千鶴を見つけた。あまりにもその量が多かったのと、日頃から付き合いのある後輩の姿を放って置けなかったから、彼は手伝うと声を掛けたのだ。
それが、どうしてこんなことに。

「あの…」
「…いや、雪村、これは、」

眉を少し下げて困ったように顔を覗き込む千鶴の表情を見て、斎藤は慌てて何か言わなければと口を開く。
しかし、自分自身でも理解の追い付かない行動と、掴んだ手首があまりにも細かったから斎藤は何も言えなかった。

動揺しているというのにどこか冷静な自分がいて、だけど魔法か呪いでも掛けられたかのように手を離すことも、この場所から動くこともできなかった。

「ええと、斎藤先輩…?」

千鶴の顔が赤く染まっているようにみえるのは夕陽のせいだろうか。
勿論、斎藤にその答えがわかるはずもなく、彼は千鶴の細い手首に視線を落としたまま、呟く。

「…細いな」
「え?」

千鶴は、強い少女だった。その芯の強さと、真っ直ぐさに斎藤自身が救われたことも何度かある。それはきっと、ずっと前からそうだったような気がする。

「…俺はいつも、この手に支えられてきたのだな」
「…斎藤先輩?」

いつも、が高校に入ってからのことなのか、それともそれより前、遠い遠い昔のことなのかは斎藤にはわからない。
だけど、確かに斎藤は彼女の手に支えられてきた。

斎藤は自身の骨ばった大きな手を細い手首から、小さな掌へ移すと、それをそのまま顔の前まで持ち上げた。
それから、その白い手の甲へとそっと自身の唇を押し付ける。

「……え、ええっ!?せ、先輩…!」
「手の上の接吻は、尊敬だ。俺はあんたの強さに助けられてばかりだな。今も、昔も」
「…ええと…?斎藤先輩ってそんなキャラでしたっけ…?」
「俺は俺のままだが」

千鶴の顔が赤いのは今度こそ夕陽のせいなんかではないだろう。
目を見開いて彼を見つめる千鶴を見て、斎藤は小さく笑う。

彼女の直向きさと強さは美しい。斎藤はそれを好ましく思うと同時に、その彼女の姿勢を尊敬していた。
自分とは違う強さを持つ千鶴に、いつも惹かれていたように思う。

「…プリント、拾うか」
「あ、そうだ!永倉先生が待ってますよ」
「ああ」

千鶴の強さに何度も救われてきた。だから、斎藤は彼女を守りたいと思う。今はまだただの部活の先輩と後輩という関係でも。自分が彼女の傍にいる限りは、何があっても彼女を守りたい。

「…ん?雪村、顔が赤いようだが」
「誰のせいだと思ってるんですか…!」



(手の上なら尊敬のキス)

 
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