だって僕はまだ伝えていない 




「春草さん、もしもの話ですよ?もしも、です。もしも、私がいなくなったらどうします?」

彼女は、真顔だった。

「…どうしたの、いきなり」
「もしもの話ですよ」

そう言う割には怖いくらい真剣な表情で、もしかしたら明日あたりにでも、本当に彼女が俺の前から消えてしまうんじゃないかと思った。
真っ直ぐに俺を見つめる蜂蜜色を戸惑いながら覗き込む。

「…なに馬鹿なことを言ってるの?近々、屋敷を出て行く予定でもあるの?」

笑えない冗談だと、内心どきどきしながら彼女の返答を待つ。
その小さな唇がどんな言葉を紡ぐのか、見つめた。

「別に、そういうわけじゃないんですけど」
「……へえ」
「でも、もしもの話ですから。春草さんはどうしますか?」

唇が震えた。
そんなこと、考えたくもないし、考えられないよ。
だって、君が俺の前からいなくなるなんて想像できないんだ。
お願いだから、そんなことは言わないで。
心の中でそう散々喚き散らすけれど、唇から零れ落ちる言葉は正反対のもの。

「…別に、どうもしないよ。何も変わらない。君がこの屋敷に来る前に戻るだけだよ」

零れ落ちた言葉をかき集めるには遅過ぎた。
俺の言葉に彼女は、いつものようにふにゃりと笑った。
けれど、その笑みはどこか安堵したような寂しそうなもの。

「…春草さんらしいなあ。春草さんならそう言うと思ってましたよ」

彼女のその笑みを見て、ずきずきと胸の奥が痛んだ。






「……もしもの話って言ったじゃないか」

ぽつりと呟いた。
その呟きに返事をする人はもういない。


満月の夜、彼女は本当に俺の前からいなくなった。

「……馬鹿だよ、本当」

ねえ、どうしてくれるの。
胸が、痛い。
痛くてたまらない。

「………馬鹿だ、」

俺はまだ、君に好きだと言っていないのに。
なのに勝手にいなくなるなんて、本当に馬鹿だよ。

君も、俺も。



(あの言葉は、全部嘘だよ。君がいないのに、どう生きていけばいいの、俺は)
 
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